【71号特集1】経営指針で会社が変わった!同友会の学びと実践
2023年01月26日
経営指針で会社が変わった!同友会の学びと実践
㈱IOS 代表取締役 中鉢 貴省(宮城)
創業後の経営はメーカー依存で付加価値はゼロ、先行きも不透明。会社のルールもなく、残業三昧のブラック企業でした。何のために経営しているのかわからなくなった矢先、「経営指針を創る会」を受講。会社の存在意義を見出しました。そこから人・物・情報を改善し、事業を展開。周りから必要とされる会社をめざして前進しています。
私は大学卒業後、東京でオートバイの小売りの全国チェーンに営業職として入社しました。1日15時間も働くようなブラック企業で、体調にも異変をきたすようになり、退職しました。
その後、旅行サイトの営業代理店をしていた父の会社を手伝うために仙台に戻りましたが、2003年に旅行サイトの運営会社が大手に買収され、梯子を外されるような形で会社はなくなりました。ショックな出来事でしたが、同時に、大手企業がインターネットの旅行業に注力するということは、この業界にチャンスがあると感じました。そこで東京の展示会で出会ったメーカーからシステムを仕入れ、2005年に営業代理店として創業しました。
現在は主に、宿泊施設のブランディングや集客促進を図るためのITに関する業務をワンストップでサポートしています。
困難だらけの創業時
20代半ばで創業した当時の私には、経営計画を立て、銀行に融資を申し込むという発想はありませんでした。数百万円あった貯金は半年後には底をつき、折り畳み自転車を高速バスに積んで営業に走りました。消費者金融にもお金を借りました。2、3年すると顧客も増えて売り上げも安定してきましたが、よく見るとメーカーからの入金しかありません。代理店業務時代のリスクが再燃しました。
メーカーの商品だけではなく、独自の商品が必要でしたが、付加価値も差別化できる商品もなく、顧客の言いなりで安売り三昧。社員は毎日深夜まで残業していました。自社で提供できるサービスを手探りで増やし、経営は少しずつ安定してきたものの、楽しくありません。社員には長時間残業をさせ、いつ梯子を外されるかわからないリスクを背負い、気づけば過去に経験した辛い仕事を自社でも行っていたのです。創業して5年経ち、ようやくそこに気がつきました。
うまくいかない経営に辟易する中、何か新しいことに挑戦したくなり、ビジネスホテルを購入しました。しかし、これもただの思い付きだったため、また借金だけが増えました。ビジョンもなく、売り上げだけを追い、社員からの不満は絶えません。
創業から9年が経つ頃には、億単位の連帯保証人になり、何のために経営しているのかもわからない状態で、いつ会社をやめてもいいと投げやりになっていました。
「経営指針を創る会」で得たもの
行き当たりばったりだった経営を見直したいと思い、2013年に宮城県同友会の「経営指針を創る会」を受講しました。この会が想像以上にストイックで、先輩方からいつも強烈な叱咤激励と指導を受けました。この時に得たものが3つあります。
1つ目は「内観」です。当時の私は経営がうまくいかないのは市場のせい、顧客のせい、社会のせい、社員のせいと考えていました。会社を始めたのは自分、借金をしたのも自分で決めたことなのに、すべて周りのせいにしていました。2つ目は「仕事の種類」です。私も含めて多くの方が〝ライスワーク〟(食べるための仕事)になりがちです。めざすべきは三方良しの〝ライフワーク〟(人生の仕事)で、それができないなら会社をやめてもいいと言われました。3つ目は「周りへの感謝の念」です。これまで、いかに周りの人に支えられていたのか気づきました。
「経営指針を創る会」の修了式には社員と家族を呼んで発表し、母にも事業のことや自分の決意を伝えに行きました。また、自分が社員を食わせてやっているのではなく、役員報酬は社員からもらっていると考えるようになると、感謝の気持ちと同時に、対等なコミュニケーションができるようになりました。
経営理念と事業定義
経営理念は科学性、社会性、人間性に基づいてつくりました。私なりの解釈ですが、「科学性」は自社の強み・事業の独自性から目的をめざすもの。そして、自社の事業を通して社会をどう変えていきたいのか、足元の地域貢献から目的をめざしていく社会的使命が「社会性」。この科学性と社会性に共感した仲間と、その目的に向かってどう歩むのか、全社一丸でめざすのが「人間性」。このように解釈して成文化しました。
事業定義は「人・宿・地域のマッチングサービス」と定めました。弊社はWeb屋でもなく、IT屋でもなく、ホテル屋でもなく、地域活性化と宿泊客満足、宿の業績向上をめざす会社です。
売り上げばかり追っていたときは、口座にお金を振り込んでいる人が顧客でした。「経営指針を創る会」を受講してわかったのは、真の顧客は宿泊される方だということです。宿泊施設と私たちはパートナーであり、目先の収益よりも宿泊される方の満足を考えられるようになりました。その結果、宿泊施設と取り巻く郷土も豊かになり、人が動くことで交流人口が増え、地域に貢献することは理念にもかなっています。
経営資源(人・物・金・情報)の改善
経営指針を成文化し、ブラック企業から脱却するため、まず着手したのが経営資源の見直しです。これまでは顧客に迎合して見積もりを出して仕事をとり、クリエイターは顧客の要求に応えるため時間をかけて制作と修正を繰り返してきました。これが長時間残業の原因になっていました。そこで、クリエイターが制作にかける時間で見積もりを決めるようにしました。中同協の広浜泰久会長も仰っていましたが、数字で物事を話さないと腹には落ちません。誰に決められたわけでもなく、価格を自分で決めているので制作時間を守りやすい。こうして残業時間を減らし、人時生産性を上げていきました。
そして、働き方改革に対応するためマルチタスクを推奨し、産休育休制度、ダイバーシティを推進。年間有給も70%まで取得されるようになりました。社会保険労務士の先生と相談しながら、就業規則、賃金規定、人事考課、退職金規定も整備しました。年末調整の書類を見ると保険をかけていない社員が多かったので、安心して働いてもらえるよう労災上乗せ保険にも加入しました。
幹部社員の育成もはじめました。社長のやらない仕事をリストアップし、役職者への職務権限を明確にしました。これまでやってこなかった部門別の月次決算、変動損益計算書を導入すると、資金繰りも安定してきました。また、毎月の予実会議で発表することで、自分たちの部署の状況が把握できるようになりました。顧客管理システムを導入し、設備投資の修繕積立をはじめ、社内環境も整えました。
これも同友会で学んだことですが、社員の学習権を保証するため、セミナーや購読物などの費用、資格取得費用はすべて会社で実費負担しています。半年に1回、全社員と個人面談をするのですが、その中には「自己啓発に努めている」という項目があります。勤務時間以外で勉強するのは大変なことです。会社で時間を捻出することはできませんが、お金で還元するようにしています。社員が同友会に参加すると経営の話が共有できるようになり、リテラシーが上がりました。
経営指針書は社員が創る
経営指針書は毎年更新しなければいけません。「経営指針を創る会」でよく言われたことですが、主体性を発揮してもらうため、経営指針書は社員が更新しています。社長が作成すると、社員は決められたことをやらされていると感じるので、自分たちの会社になっていきません。指針書の組織図も社員が決めるので、採用はそれに基づいて行っています。自分たちで採用した社員は責任を持って育ててくれます。また、幹部社員から社員の昇給推薦があるのはとても嬉しいことです。
指針書の更新は、具体的にはまず、現状分析から行っています。外部・内部、会社・業界・社会・地域など、必要な項目をフォーマットにして、個人毎に分析。それを社内会議で共有して社員と深めています。次に、その分析で得られた問題課題を自社事業として解決できているか、新たな役割は果たせるか、それらは経営理念に則しているのか擦り合わせて考えます。さらに、それをどういう方向性でやるのか、科学性(事業展開・顧客への方針)、人間性(社員・パートナーへの方針)、社会性(地域社会・環境への方針)の観点で基本方針を策定します。
それをもとに、事業部ごとの行動方針、単年度目標を作成し、行動計画、予算計画へと落とし込みます。これが逆になり、行動計画や予算計画ありきで方針をつくると、ただのノルマになってしまうため、方針を決め、そのために何をするのか、どのくらいお金が必要か、考えることが大切です。
最初に指針書を断行した際、退職者が相次ぎました。特に年配の社員からの反発が大きく、人時生産性という考え方は未だに嫌がる人がいます。マルチタスクは人の適性によるものが大きいし、社員による指針書の更新も嫌がる人はいます。それでも主体性を持って仕事をしてもらうためには必要なことです。しかし、悪いことばかりではなく、何かを決める際には自ずとコミュニケーションが取れるようになっていきました。
事業展開の必要性
「経営指針を創る会」を受講する前まで、私はいつ会社をやめてもいいと思っていましたが、今は事業を存続させたいと思っています。だからこそ、事業展開は必要です。なぜなら、市場は常に変化するもので、永遠に潤う市場は存在しないからです。
今の市場がダメなら市場を変えるのか。今の市場がダメでも居座って、自社の商品ラインナップを増やして新たな市場をつくるのか。川上(仕入れ先や顧客)、川下(外注先は卸先)まで展開して市場を拡げるのか。いろいろと試みてきました。システム販売や制作、コンサルティングなどのWeb事業部からはじまり、ビジネスホテル事業、Webコンサルティング事業のM&Aも行いました。近年はM&Aも増えていますが、買う方も買われる方も不安があります。その事業を購入した経緯と必要性を経営理念に沿って説明すると、互いの理解が深まります。
事業展開して気づいたことがあります。理念をつくったら会社を継続したいと思ったけれど、これは手段にすぎません。要は理念に向かうことが目的で、そのためには共感する仲間を増やし、事業を行うための会社が必要です。だから事業展開するのにも理念との整合性が大事になるのです。
指針書経営で変わったこと
指針書経営をする前は、メーカー依存で付加価値はゼロ、先行きは不透明。社員は残業三昧、退職三昧、悪口三昧。会社のルールもなく、経営者の覚悟もビジョンも感謝の念もありませんでした。
指針書経営を始めてからは、理念に向かう事業展開を行い、97%が直取引き、東北シェア5%、年商も増えました。社員は自立自走し、教育と登用を積極的に行い、コミュニケーションも増え、各種規則もクリアーになりました。今では理念が新規採用時のメリットになり、競合案件時のアドバンテージになっています。顧客に対する旅行サイトの評価も上がっていきました。こうした周りからの評価や共感は自信につながりました。
私は経営者の責任として、科学性、人間性、社会性を満たした経営を行い、周りから「残っていいよ」と言われる会社でありたいと思っています。新型コロナウイルスで当社も大きな打撃も受けました。でも、会社をやめようとは思いませんでした。私たちにはめざしている理念とビジョンがあります。経営者としては、まだまだ足りないことばかりですが、これからも皆でつくった指針書で一緒に船を漕いでいきたい。
会社をやめてもいいと思っていたあの時、苦労して経営指針をつくってよかったです。
(2022年3月15日「函館支部・青葉支部合同3月例会」より 文責 佐合 恵)
㈱IOS 代表取締役 中鉢 貴省(宮城) |