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【70号特集1】経営指針の実践で挑む逆境に強い企業づくり

経営指針の実践で挑む逆境に強い企業づくり
―牛肉のワンダーランドから食のワンダーランドへ―

 

(有)十勝スロウフード 代表取締役 藤田 惠(清水)

 

牛とろフレークをはじめ「自分の子供にも安心して食べさせることができる」食品を製造販売。2011年に生食用牛肉の規格変更の危機を乗り越え、環境変化に対応できる経営体質をつくりました。2017年に経営指針を成文化。2021年に経営指針を見直し、コロナ禍でも発揮された経営指針の実践と、変化に強い企業づくりの取り組みから学びます。

 


 

 十勝スロウフードは2003年、前身でもあるボーンフリーファームの肉加工部門を独立させ、清水町御影に設立した会社です。牛とろフレークを主力商品に畜産物の加工販売を営んでいます。私は2017年に「とかち支部経営指針研究会」を受講し、その後も経営指針委員会で学びを深めています。

 

 

牛とろ肉の変遷

 

 牛とろフレークは、凍ったままアツアツのご飯にふりかけて召し上がっていただく牛肉のふりかけです。ステーキや焼き肉用ではなく、牛一頭丸ごと使用した新しい食べ方提案商品です。


 私は前社で加工品の商品開発を担当していました。商品を開発していくなかで、「素材の味を超えるものをつくることはできない」「加工側の都合ではなく、生産者が伝えたい思いをそのまま、加工品へと変化させるのが加工業者の務め」と考えるようになりました。「できるだけおいしい素材を加工していけたら良いな」と思っているときに出会った素材が、牛とろ肉でした。


 牛とろは、1991年に元祖となる板状の製品が開発されました。1995年になると円盤型の板状牛とろが開発され、主に大学生協食堂の丼用に使われました。しかし、凍った状態のまま冷凍庫内で袋詰作業などをするため、大変苦労しました。これを改善するための製品として、1997年に袋入りの牛とろフレークが誕生しました。2年後には、一般家庭用にカップ入りの牛とろフレークの製造が始まりました。2008年にはテレビ番組にも取り上げられるようになり、売り上げは2億円を突破。2011年、衛生管理を充実させた新工場へ引っ越しをします。


 新工場竣工直前まで商品出荷が3カ月待ちの状態でしたので、3月11日の東日本大震災が発生した時もそれほど影響が感じられなかったのが印象的です。

 

 

突然の環境変化

 

 ところが4月に、本州の焼き肉チェーン店でユッケ食中毒事件が起きます。事件後、当社にも問い合わせが相次ぎ、注文のキャンセルも発生。通販客を中心に売り上げが落ち込みました。


 頭を悩ませていたところ、9月に生食用食肉の基準が変更され、肉の表面を加熱殺菌することが必要になりました。加熱タイプの生食用食肉を試作しましたが、味はいまひとつです。これまでの牛とろを製造するのは難しい状況になってしまいました。9月下旬に保健所の説明会を聞き、法改正後の生食用の製法では不可能であると考え、製法を変える決断をしました。


 そして10月、何とか生に近い食感や味まで再現できないかと試行錯誤して辿り着いたのが、従来の製法に「塩漬」と「熟成・乾燥」の工程を加えた生ハム製法での新牛とろフレークです。味わいも以前の生食用フレークと同等のものができました。

 

逆境をどう乗り越えたか

 

 風評被害のうえ法改正による従来の製造方法が否定されるという、事件発生から法改正までわずか5カ月あまり。主力商品の牛とろが売れなくなり、当時は当社の売るものがなくなってしまうという危機感がありました。ハンバーグやソーセージなど他の加工品を製造することは可能でしたが、ネームバリューもなく高価な商品になるため、新商品として発売しても売り上げには貢献できるものにはなり得ません。


 生き残るためにどうすればよいのか、何を残すべきか、何を大切にしなくてはならないか、とにかく考え抜きました。そして、「牛とろを残すしか生き残る道はない」と考え、生ハム製法を開発したのです。いま振り返ると、この時期は売り上げより固定費が多くなっており、倒産の危機が迫っていました。「立派に育てた牛を余すところなくおいしく食べてほしい」という思いを変えず、逆境を乗り越えることができました。「経営理念」のおかげです。


 同友会に入会後、周りの先輩から経営指針の必要性を言われ続けており、私もやらなければいけないと思っていました。2017年に研究会に参加し、会社とは、使命とはなど、改めて自分の考えをまとめる良い機会になりました。会社で働く人が同じ方向を向くためにも、同じ方向を向いている人たちに集まってもらうためにも、理念を伝える仕組みである経営指針が必要でした。


 『経営指針成文化と実践の手引き』をもとに経営理念や10年ビジョン、経営方針、経営計画などを作成しましたが、ハードルが高いなと思ったのが数字の部分でした。これまで金融機関に提出するためにエクセルで10年間の数値目標などを作成したことはありました。そこには売り上げが毎年5%ずつ増え、社員数も3%ずつ増えるような見た目がよい数字は書けますが、実際に計画通りに進むのか根拠に乏しく、はたしてこれは計画なのかと悩んだ時期がありました。


 現在は、研究会で研究生のサポートをしていますが、研究生も数字の部分で苦労している方が多いように思います。

 

必要な利益を出すために

 

 営業利益率は売り上げに対する営業利益の割合を表す指標です。営業利益率で計画を立てるということはどういうことでしょうか。例えば、営業利益率10%という計画を立てると、営業利益5千万円に対して必要な売り上げは5億円です。営業利益5千万円のために売り上げを5億円にしようと邁進した結果、余計な経費がかかり、営業利益が計画より少なかったということは往々にして起こり得ます。


 経営コンサルタントの一倉定さんの「経営は逆算である」という言葉があるように、利益の方から計算していく考え方もあります。売価と原価と数量に着目する考え方です。それに基づくと5千万円の利益をあげるために、5億円の売り上げをあげる必要はありません。売り上げを減らしても、原価や経費を増やしても利益は出せます。

 

 

数字に基づく経営計画

 

 当社の実際の数字を見てみます。2009年までは売り上げは良いのですが、2011年からは、ユッケ食中毒事件の影響で2期連続の赤字になりました。内部留保がなければ乗り切れませんでした。その後、売上回復を達成し、2016年には欠損金を相殺することができました。


 2019年頃、社員から「たくさん商品をつくっても、忙しいばかりで報われません」と言われました。確かに、あまり利益は出ていませんでした。そこで着目したのが数量です。個人用と業務用の数量の割合を見てみると、個人用は従来3割程度でしたが、2018年ごろから3割を下回っていました。利幅が少ない業務用の依頼をすべて受けていたことが原因です。2019年は、概算で売り上げが3億円、利益が1千万円でした。売り上げの内訳は、個人用が8千万円、業務用が2億2千万円でした。単価が高く利幅の大きい個人用よりも、業務用の数量が多い状態でした。


 この状況を脱却するべく、2020年の経営計画を考えました。まず、営業利益率を基準に考える場合は、売り上げを上げることになり、そのためには生産量を増やす必要性があります。それでは「忙しいけど報われない」という状況は変わりません。そこで、利益から考え、2020年の目標は次のようにしました。個人用を1・5倍の1億2千万円に増やし、業務用はその分を減らした1億8千万円の売り上げにして、全体の売り上げは3億円のままにしました。その結果、利益は1400万円になりました。売り上げは変わらず、販売数が少し減り、営業利益が増え、社員が抱えていた「忙しいけど報われない」という状況は解消するという作戦です。この計画を基に業務用の卸価格の見直しと売り先の絞り込みを行い、個人向けのプロモーションに注力することでスタートしたところ、新型コロナ禍による巣ごもり需要も相まって、計画よりも多い経常利益を達成することができました。

 

経営理念2017と2021

 

 2017年に経営理念を作成しました。しかし私の自己満足ではないかと不安に思っていました。当時の社員との関係は、やっとコミュニケーションを取り始めたぐらいでした。社員に経営理念を伝えることは、恥ずかしいとも感じていました。それでも経営理念を伝えましたが、社員には今ひとつしっくりこない感じで、伝えることが心苦しかったです。


 創業期の私は、ワンマンでトップダウン、社長の仕事とは、とにかく売ることだと思っていました。今は、社員とは上下関係がないように、例えば、役職は関係なく「さん」付けで呼び合っています。また社員が自分自身で考えて仕事をしてもらえるよう、様々な工夫をしています。それは、社長はいずれいなくなるが社員は違う、私がいなくなっても会社が継続していくようにするために、社員が自主性を発揮でき、働きやすい環境をつくろうと考えたことがきっかけです。


 2021年には経営理念を練り直しました。きっかけは主に3つあります。1つ目は、コーチングとの出会いです。私がコーチングを学び、社員とコミュニケーションを取れるようにならないと会社は変わらないと考えました。2つ目は、MG(マネージメントゲーム)との出会いです。これはゲーム研修でMQ会計を体得できるものです。研修を重ねると数字が手にとるように分かるようになり、自分だけが良ければいいということが成り立たない世界があることが理解できます。3つ目は、経営指針研究会で研究生のサポートをしたことです。サポートをしながら私自身もとても勉強になりました。


 2021年の経営理念には、2017年の「わたしたちは自分の子供にも安心して食べさせることができる食べ物を作ります。」という部分は残しました。残した理由は、ある社員のひと言です。社内でコンプライアンスに反しかねない事案があり、その社員がすぐに報告してくれました。その際に「社長が、自分の子供にも安心して食べさせることができる食べ物を作ると言っているのだから、報告した方が良いと思いました」と言ってくれたのです。その言葉を思い出し、この文言は残そうと思いました。


 また、シンプルにした方が伝わると思い、「明るく、優しく、面白く」とわかりやすく表現しました。これは私自身に向けた言葉かもしれません。そういう社長がいる会社なら自分たちもやっていけると社員も感じるのではないかと考え、このように変えました。この経営理念になってから、やっと社内に張り出すことができました。何となくしっくりこない違和感は消え、抵抗なく社員に伝えられるようになり、少しほっとしています。


 コロナ禍ではありますが、今後も経営指針の実践でどんな変化にも対応できる企業をめざしていきたいと思います。

 


(2021年10月8日「第36回全道経営者“共育”研究集会in苫小牧」第2分科会より 文責 北村泰徳)

 

(有)十勝スロウフード 代表取締役 藤田 惠(清水)


■会社概要
設  立:2003年
資 本 金:300万円
従業員数:20名
事業内容:農畜産物の加工及び販売

https://www.tokachislowfood.co.jp/