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【70号特集1】理念を貫けば未来が見えてくる

理念を貫けば未来が見えてくる

 

江本手袋(株) 取締役 江本 昌弘(香川)

 

2016年に売り上げの8割を占める取引先が倒産。地元の取引先から支援を受け経営再建に取り組んだ江本手袋は、経営指針書の作成後、手袋職人を守り育てるため自社ブランド『佩(ハク)』を立ち上げます。自社のビジョン「手袋職人の聖地」と、事業ドメイン「喜び合いエンタメ業」に確信を得て奮闘中の江本氏の報告です。

 


 

 当社は1939年、私の祖父が香川県東かがわ市の引田という小さな港町で創業した会社です。手袋やマフラーなどの縫製雑貨のOEM製造、オンラインショップとファクトリーショップでの自社製品販売、卸販売をしています。

 

 

 

再びミシンの音が聞こえてくる街に

 

 東かがわ市は約130年前に「安定した仕事をつくる」という志を持った先人たちによって手袋づくりが始められ、現在は全国シェアの9割を占める日本一の手袋産地となりました。


 私が子どもの頃は、どの家からもミシンの音が聞こえてきたものでした。ところが1980年代になると、手袋メーカーは安い人件費を求めて、海外に生産拠点を移しました。安い賃金、豊富な労働力など様々な要因があったと思いますが、地域に与えた影響は計り知れません。多くの人は仕事を失い、地域から去っていきました。1980年に約4万3千人だった人口は、現在約2万8千人となり、2030年には2万5千人を割ると言われています。


 手袋工業組合によると、現在の東かがわ市の手袋出荷額は約285億円。そのうち90%は海外生産によるものです。従業員数4人以上の製造業事業所は、2000年に約160社ありましたが、現在は80社です。


 江本手袋のビジョンは「手袋職人の聖地をつくる」です。手袋職人が生きいきと働き、手袋の聖地として全国からたくさんの人が東かがわ市を訪れる。そんな未来を描いています。


 このビジョンを描くきっかけになったのが、1978年にイタリアの小さな村で創業された『ブルネロ・クチネリ』という会社の存在です。この会社は、世界一職人を大切にする、世界一美しい会社と言われており「人間の尊厳を守ること」を経営の目的としています。つまり自社の成長と町づくりが一体になっているのです。これが当社のビジョンのモデルであり存在意義となっています。

 

手袋製造130年の歴史

 

自社ブランド『佩(ハク)』の立ち上げ

 

 2016年、売り上げの8割を占めていた取引先が倒産し、当社は廃業の危機に直面しました。その時、先代の頃から取り引きしていたタナベ刺繍の田部社長が「当社が苦しい時に江本さんのお父さんが助けてくれたから今がある。私も考えるからやめないで一緒に経営しよう」と、声をかけてくれました。自分だけでは無理だと思っていましたが、田部社長とならきっとうまくいくと決心し、再建に取り組むことにしました。


 最初に田部社長が取り組んだのは経営指針づくりです。田部社長は創業当時のことから家族のこと、私のことを毎日聞いていてきました。


 わからないことは私の両親や社員にも尋ね、古い決算書や帳簿なども引っ張りだして調べました。そして『人らしく生きるものづくりで、喜び合える地域社会を創る』という経営理念が出来上がったのです。


 私は子どものころから大の音楽好きで、DJ歴は30年になります。ある時、田部社長に「江本さんは音楽が好きなのに、なぜ事務所には音楽がないの? 会社で音響機材を買おう」と、提案されました。それから社内に音楽が流れるようになりました。日本で唯一の手袋DJが誕生した瞬間です。それ以来、私は自社の商品を売るイベントでは、必ずDJをして音楽を流すようになりました。以前の私は、手袋は仕事、音楽は趣味と分けて考えていましたが、それが一つになったことで、仕事が楽しみに変わりました。


 その後も経営再建の道のりは想定以上に厳しく、あてにしていた取引先がなくなったこともあり、覚悟を決め、自社ブランド『佩(ハク)』を立ち上げることにしました。


 『佩』の由来は「履く」から来ています。香川では手袋をはめることを「はく」といいます。明治時代、手袋は、手の靴、手靴と呼ばれており、「手袋」の名称が一般に広がった際、靴も手袋も「はく」という方言が残りました。これは手袋づくりが盛んな香川県ならではの方言で、先人の思いが詰まっていると考え、初めての自社ブランドの名前を『佩』と付けたのです。

 

 

手ごろな価格で手触り最高の『佩』

 

 『佩』のコンセプトは「手袋職人を守り育てる」と定め、職人の生活を守るため、縫製の工賃を通常の1・5倍にすることに決めました。そもそも手袋の国内生産工賃は50年前から変わっておらず、外注の熟練の手袋職人でもひと月10万円程度の収入にしかなりません。


 当社の手袋づくりは、全体の美しさや履き心地をイメージしながら、最初から最後まで一人の職人が縫い上げます。型紙やマチ針など一切使わず、一人の縫子さんが自分の感覚を頼りに全体のバランスを取りながら縫い上げます。そのため、一人前の手袋職人を育てるのに、3年から5年かかります。


 こうしてブランドのコンセプトが固まりましたが、商品が売れなくては会社を続けることはできません。常識ではコスト削減のため、色展開は少なくしますが、当社は製造から販売までを自社で行い、注文が入ってからつくるため、ストックが不要。その強みを活かし、色展開を25色にすることができました。流通の中抜きや値引きを前提とした価格設定にする必要がないため、素材も最高グレードとし、手ごろな価格なのに手触りも抜群だと評判が広がっていきました。


 『佩』を立ち上げた当初「まずはご近所さんにみてもらおう」と、近所の家一軒一軒に案内チラシを配り、会社のすぐ近くでお披露目会をしました。不安でしたが、たくさんの方が来場し、購入してくれたのです。手袋が地場産業だと、手袋は知り合いからタダでもらうのが当たり前。お金を出してまで買わないだろうと思い込んでいました。みんなが江本手袋を応援してくれていると感じた瞬間でした。

 

経営指針づくりが変化を生んだ

 

 私は2019年に同友会に入会後、すぐに経営指針を創る会を受講しました。約半年間の学びを通して、田部社長がつくった経営指針書と経営理念を深く理解できるようになり、今度は私が中心となって経営指針書を更新しました。そして、初めて経営指針発表会を開きました。


 発表会の最後に、中卒で入社して以来、50年以上手袋を縫い続けてきたKさんと創業者の息子である私の叔父にマイクが回りました。
 Kさんは「利用者の着け心地だけを考えて、今まで縫ってきました。私はこれしかできません。今までは相手の顔が見えなかったけれど、今は自社ブランドができて、お客さんの喜ぶ声が聞けて嬉しい」と語りました。その言葉を聞いて、これが江本手袋の宝だと思いました。50年間縫い続けるというのは、容易なことではありません。ものづくりにとって大切なことは何か? それは道具ややり方ではなく、人間性だったのです。


 一方、叔父は「私は若い時に東京で就職しました。ところが、子どもが生まれてから東京で生活をするのが嫌になり、田舎に帰ってきました。その時、父親がここで手袋づくりの会社を経営し、帰れる場所があって良かったと思いました。これからもそんな田舎であってほしい」と話しました。これは「地元に仕事をつくる」「地域社会をつくる」使命だと感じました。2人が当たり前にやってきたことは「人らしく生きるものづくりで、喜び合える地域社会を創る」という、当社の経営理念そのものでした。


 経営指針発表会を終えて、当社は変わりました。経営者である私自身も不安がなくなりました。ビジョンが鮮明に描けるようになったことで、ますます仕事が楽しくなりました。


 社員も変わりました。それまで乱雑だった在庫の棚を発表会の2日後、叔父がきれいに整理してくれました。お客様も変わりました。商品自体は前年と変わらないのに熱烈なファンとなり『佩』をSNSで広めてくれるようになったのです。


 また、発表会を聞きにきてくれた同友会の仲間が「江本手袋と一緒に仕事をしたい」と声をかけてくれ、コラボ商品をつくることになりました。同友会に入会後、経営指針を成文化し、自分が変わることで、自分の周り、社員や地域の仲間、お客様が喜び合う仲間に変わり「喜び合える地域社会を創る」という理念を実感することができました。

 

手袋職人の聖地~工房~

 

コロナ禍で生まれた「ハンドソックス」

 

 経営指針を成文化し、皆で意気込んでいた矢先に、コロナ禍が拡大しました。


 2020年4月に全国で緊急事態宣言が発出され、コロナ禍に対応する方針として、オンライン販売に力を入れることにしました。その結果、2020年4月のオンライン販売の売り上げは、前年2万円から一気に200万円になりました。


 ある時、テレビニュースで、電車やバスのつり革や手すりを素手で触りたくない人がいることを知りました。これなら困っている人の役に立てると思い、さっそく職人と相談し、従来の手袋を工夫した新商品の『ハンドソックス』を開発しました。この手袋は、触りたくないときにサッと伸ばし、手全体を包み込むことができるという特徴があります。ハンドソックスを販売するにあたり、2つの約束を掲げてクラウドファンディング(CF)に初挑戦しました。


 1つ目は希望のカラーバリエーションを増やす。2つ目は自社ブランドの『佩』と同様、職人を守り育てるため、工賃は普通の1・5倍にするということです。その結果、110人もの方の支援が集まりました。全国放送のニュースで取り上げてもらった時には注文の電話が鳴りやまず、ネットショップにもたくさんの注文が入りました。その時にはすでにネット販売にも慣れていたので、1日に100件の注文があっても対応できるようになっていました。


 CFの応援メッセージを読むと、コロナで息苦しい生活をしている人が、製品を買ってくれていることがわかります。そうした方々に、少しでも明るい気持ちになってほしいと思い、地元を紹介するパンフレットに手紙を添えて同封することにしました。「今はコロナ禍で大変なときですが、私たちが大好きな地元のパンフレットを送らせてもらいます。少しでも明るい気持ちになってください。そしてコロナが収束したら、ぜひ東かがわに、江本手袋に遊びに来てください」という内容です。


 実際にお客様からいただいた返信メッセージを紹介します。


 「たくさんの東かがわ市のパンフレットをありがとうございます。なんだか涙が出てしまいました。見通しのつかない毎日で知らないうちにストレスになっているのでしょう。コロナ禍が落ち着いたら、東かがわを旅させていただきます。心遣いをありがとうございました。ハンドソックスも使わせていただきます」。ハンドソックスがおまけになるぐらい手紙の心遣いが嬉しかった、というメッセージをもらい、私も読むたびに涙ぐんでしまいます。

 

サッと伸ばして手全体を包み込む「ハンドソックス」の誕生

 

手袋職人を守り育てる

 

 今年4月、50年ぶりに18歳の新入社員・Nさんを採用しました。手袋職人をめざし、Kさんのもとで、手袋づくりを学んでいます。


 ある日、彼女から「母の日に自分でつくった手袋をプレゼントしたい」と、相談されました。もちろん大賛成です。それから毎日練習を重ね、なんとか手袋を縫い上げることができました。母の日にプレゼントしたところ、お母さんが「一生の宝物にする」と喜んでくれたことを報告してくれました。


 彼女は養護学校出身です。手袋縫製の技術を身につければ自立できる、と思ったことも採用理由の一つです。彼女には一人前の手袋職人になり、運転免許を取得して車を買い、一人暮らしをするという目標があります。手袋職人として「人らしく生きる」ことを学び、自分の夢や目標を実現していってほしいと思います。


 また今期から、手袋職人を守り育てる一環として、県内の服飾専門学校で手袋づくり講座を始めました。当社から手袋用のミシンや器具、生地、縫い方の動画をすべて無償提供し、ベテラン職人とKさん、叔父が講師を務め、計4回の講座を行いました。


 この講座を終えて、気づいたことが二つあります。Kさんや叔父が、講師として自信を持って生き生きと学生に教えていたこと。そして、Nさんがそうした先輩の姿を尊敬の眼差しで見ていたことです。社員にとって、仕事に誇りと喜びを感じられる重要な取り組みになりました。

 

服飾専門学校での手袋づくり講座

 

「セトウチメーカーズ」の誕生

 

 コロナ禍で各社の業績が落ち込み、危機的だった2020年、東讃支部の縫製メーカー8社で「セトウチメーカーズ」を結成しました。


 それぞれ多少の違いはありますが、本質的には下請けのため「良い自社商品をつくることができても自分たちで売ることができない」という共通の経営課題がありました。当社はネット販売や顧客対応で一歩だけ他社より前に進んでいたため、これまでの経験をできる限り共有しました。お互いに知恵を出し合い、ノウハウを共有したことで、各社が個性を活かした自社ブランドを立ち上げ、合同展示会を催すに至りました。


 こうして、一社だけでは解決できなかった課題への取り組みが大きく前進し、メディアにも取り上げられ、各社の希望につながりました。


 これが“自助”と“共助”から生まれた「セトウチメーカーズ」です。瀬戸内をモノづくりの聖地にするというビジョンに共感したメーカーが集まり、どうすれば実現できるか、互いに語り合い、小さな一流企業をめざしています。

 

セトウチメーカーズ~瀬戸内のものづくり~

 

瀬戸内バレアリック経営

 

 瀬戸内バレアリック経営とは、それぞれの魂を輝かせる「人を生かす経営」のことです。社員とその家族、取引先、仕入れ先、業界、お客様、そして経営者自身。つまり「地域」です。自社をよくしていくことは、地域をよくしていくことと同じことなのです。


 1つ目に30年前、地元の手袋メーカーから「いつまで日本でやれると思っているん? はよ海外で生産するなりせないかんやろ」と言われていた父は、いつも「外注さんの仕事だけは切らすなよ」と、口癖のように話していました。


 東かがわは手袋産業で豊かになりましたが、地域を顧みない海外生産で町は衰退しました。当社はそこに加担していたわけではありませんが、地域づくりを意識してこなかったため「地域が衰退した責任は江本手袋にもある」と、自覚しました。今は「企業経営を通して地域づくりをする」という、同じ志をもった仲間を増やすことで、地域産業を守ることができると気がつきました。昔のように皆が誇りをもち、生き生きと暮らす町にするという夢と覚悟ができました。


 2つ目は、昨年、卸先のバイヤーが東かがわ市を訪ねてこられ、当社の手袋づくりを見学しました。一緒に海を眺めながら音楽を聞き、バーベキューを楽しみ、町を散歩しました。「『佩』がこの町で生まれたのがわかる」と言って、この地域での暮らしに感激してくれました。この出来事を振り返り、商品が良いから安いからという理由だけではなく、私たちの仕事や暮らしに共感したことで、商品に価値を感じてくれているのだとわかり、「喜び合いエンタメ業」という当社の事業ドメインが明確になりました。


 専門学校での手袋づくり講座は、輝きを放つ手袋職人が若者に希望を与える感動の物語。新卒採用で手袋職人を育てる取り組みは、素朴な少女が手袋づくりという魔法の杖を手に入れ、自由に飛び回れるようになる、ピーターパンのようなストーリー。セトウチメーカーズは、お互いの弱点をカバーし協力して世界を救うゴレンジャー。こうした物語に共感するファンが、当社の製品を買ってくれるということがわかりました。


 3つ目に、『労使見解』には労使における新しい問題に「仕事に誇りと喜びをいかにしてつくり出すのか」という、問題提起があります。この労働者の失われた人間性を回復させるという問題は、これから社会が大きく変わっていく時代に、最も重要な課題だと思います。
 社員が仕事に誇りと喜びを持てる人生とそうでない人生。そうなるかどうかは、経営者自身に責任があるのだと肝に銘じています。


(2021年9月15日「南空知支部9月例会」より 文責 松田竜二)

 

江本手袋(株) 取締役 江本 昌弘(香川)


■会社概要
設  立:1939年
資 本 金:200万円
従業員数:4名
事業内容:手袋製造(縫い手袋他)、縫製雑貨小物製造、OEM、手袋づくり研修

https://www.emoto-tebukuro.jp/