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【69号特集2】開拓者たれ! 5代目農業経営者の100年構想  ー2030年、富良野未来開拓村設立をめざしてー

2021年01月19日

開拓者たれ! 5代目農業経営者の100年構想
―2030年、富良野未来開拓村設立をめざして―

 

(有)藤井牧場 代表取締役 藤井 雄一郎(富良野)

 

 酪農一家に生まれ、2009年に5代目社長に就任した藤井氏。就任以降、畜産部門で国内第一号となる農場HACCP認証を取得するなど、革新的な取り組みを行ってきました。2020年1月に経営理念を再定義。新たな100年を見据えた取り組みをスタートしています。未来に向かって挑戦し続ける農業経営者の意気込みを紹介します。

 

 


 

 当社は1894年、初代藤井喜一郎が21歳で北海道に移住し、1904年に水田、リンゴ・エンドウ豆栽培を開始したのが始まりです。1919年から酪農を開始し、1989年に法人化、創業から116年の歴史があります。


 私は2001年に帯広畜産大学卒業後すぐに就農し、2009年に5代目の社長に就任しました。現在の牧場規模は飼養総頭数1000頭、昨年度の生産乳量は7236t、年商は10億10万円です。


 2015年6月から牛乳の自主流通を開始し、現在、大阪府で『北海道富良野牛乳』として毎週1ℓパックを4万パック販売しています。また、焼きたてチーズケーキで有名な大阪の『りくろーおじさんの店』、食パンが有名な『富良野みるく工房』にも牛乳を卸しています。2018年10月からは大手コンビニメーカーの、グラタンのホワイトソースの原料として使用されています。


 六次産業化への挑戦は2011年のチーズ加工・販売から始まり、現在は飲むヨーグルト、ソフトクリームなどの自社オリジナル商品を製造・販売しています。


 2012年に畜産部門では日本初となる農場HACCP認証を、2017年にはJGAP認証(食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられる認証)を取得しました。

 

『砂の牛床』で牛のストレスを軽減

 

 社長に就任して取り組んだことの一つは、2014年に導入した牛の寝床に砂を敷く『砂の牛床』です。一般的には牧草やオガクズを敷くのですが、世界最先端と言われているアメリカのウィスコンシン州の牧場経営を研究し、「牛の環境改善のためにはこれが最適」と判断しました。


 『砂の牛床』のメリットは、牛が寝起きしやすく牧草地と同じようにリラックスできることです。牛のストレスが軽減したことで、後ろ肢の関節が腫れるトラブルはほとんどなくなり、乳房炎の発生率も激減しました。その結果、年間一頭当たりの乳量は全国平均の1・5倍、1万2千㎏を達成しました。


 大量の砂の購入と、砂と糞尿分離のための『サンドセパレーター』の導入などで約2億円の投資になりましたが、それ以上の効果が出ています。

 

砂の牛床

 

牛も人もどんどん育てる牧場

 

 酪農は、農業の中でも広範囲の技術・知識が必要な経営形態です。したがって、牛を育てるには人の力が不可欠であり、よい牛乳をつくり続けるためには社員の成長を常に心がける必要があります。


 私が社長に就任後、売り上げは順調に推移していましたが、慢性的な人手不足でした。ある日、信頼していた幹部の一人が「もう社長にはついていけません」と、退職してしまいます。そんな人手不足や社内の良好な人間関係構築のために、2015年4月から「成長支援制度」を導入しました。


 この制度は「期待効果」「重要業務」「知識・技術」「勤務態度」の項目に分けた成長シートを用い、社員一人ひとりの成長度合いを3カ月に一度の面接で、本人と上司が確認します。単なる成果報酬の制度ではなく、経営理念、経営戦略、経営計画が各項目に組み込まれています。今後自分自身が成長するために、どのような業務に取り組むべきか、若手社員であればキャリアプランを描けるようになり、上司はどのように部下を育てるかが明確になります。「成長支援制度」を導入したことで、社員の定着はもちろん、採用したい人物像も明確になり、採用活動も順調になりました。


 同年2月には、不規則になりがちな社員の健康を考え、1食200円でバランスのとれた食事を食べられる社員食堂も始めました。20代前半の若い社員が多いこともあり、好評です。

 

成長支援制度で面談

 

「新型コロナウイルス感染症」の影響

 

 道内では毎日1万tの生乳が生産されていますが、「新型コロナウイルス感染症」(以下、新型コロナ)により学校給食の休止、外食の自粛や食品製造業等の業務用乳製品のストップで、処理不能乳(生乳廃棄)が発生する深刻な事態となりました。


 一方、本州の大都市では巣ごもり消費で牛乳の消費が増えました。これまで本州の酪農家は後継者難などで廃業が進んでいたこともあり、供給増に対応できないという事態になったのです。当社の卸先は大阪府ですが、牛乳販売の影響はほとんどありませんでした。


 しかし、売り上げの15%を占める肉用牛は大きな影響を受けました。肉用牛は高価格帯の和牛、中価格帯のF1(交雑種)、低価格帯と大きく3つの価格帯に分かれます。新型コロナの影響が一番大きかったのは、当社が扱うF1でした。


 和牛の市場価格は2020年1月から急激に値下がりしましたが、4月以降は盛り返しつつあります。低価格帯は生活必需品という位置づけなのか、市場価格の変化はありませんでした。F1の市場価格は夏以降も下がり続け、コロナ前の半値以下まで落ち込んでいます。新型コロナが長期化し、取引相場の低迷が長引けば生産者の収益が悪化し、離農が一気に加速することが危惧されます。

 

コロナ禍でIT活用が進む

 

 コロナ禍で当社のIT活用は急速に進みました。特に採用活動が顕著です。これまで採用活動は、年数回、東京・大阪・札幌で開催される合同企業説明会に参加し、説明・面談を行うものでした。富良野市が本社の当社にとって、距離と時間が非常にかかるものでした。


 コロナ禍でIT活用が進んだことで、現在は当社への入社を希望する学生に事前に自社のビジョンを動画共有サービスYouTubeで見てもらい、Web会議サービスZoomで面接を行っています。オンラインインターンシップも行い、10名程度の学生が参加してくれました。今年度の当社への学生のエントリー数は約2倍に増え、2021年4月入社予定者3名の採用が決定しています。


 取引先とのやりとりもITを活用することに抵抗感がなくなりました。先ほど紹介した『りくろーおじさんの店』とは、先方が大阪に居ながら当社の牧場の様子をライブ映像でリアルタイムに見てもらえるようになり、原料供給など取引に関する意見交換もしています。


 IT活用(情報発信)のポイントは、マルチユースと拡散です。マルチユースとは複数の用途に用いるという意味ですが、Zoomで行った打ち合わせの様子などを録画・加工し、加工した動画をYouTubeで拡散する。このような活用がポイントになります。その際に大事なことは、軸をずらさずに発信し続けることです。その軸が経営理念です。

 

経営理念は『開拓者たれ』

 

 2020年1月、経営理念を『開拓者たれ』に再定義しました。これまでの経営理念は、2011年に道北あさひかわ支部第11期経営指針研究会で学び作成した『牛も人もどんどん育つ牧場』でした。


 つくりかえた理由は、率直に言って私自身がしっくりこなくなったからです。近年、何となく違和感があり、社長就任から日本初などさまざまな取り組みを推進してきたのはなぜか、と改めて自分自身に問いかけました。


 1894年、初代藤井喜一郎が淡路島より渡道して以来、藤井家は開拓者であり続けました。私も会社代表として、10年間の激動期を文字通り開拓してきたと自負しています。今後も現状に満足することなく、常に未来志向、あらゆる可能性に挑戦していきたい、という私自身の気持ちを『開拓者たれ』に込めました。そして、会社の目的も『酪農と地域資源の開拓によって社会に貢献すること』と定めました。


 「経営理念の浸透が課題」という声をよく聞きます。経営者自身が熱く語れない経営理念は浸透するはずがありません。『開拓者たれ』は経営者としての私の生きざまです。経営理念を浸透させるのに大事なことは、自分自身の経営理念(自分自身の生き方)になっているかどうかだと思います。経営者自身の生きざまと重なっていれば、従業員は私の背中を見て共に歩み、自然と経営理念は浸透していくと確信しています。

 

『富良野未来開拓村』設立へのビジョン

 

 経営理念を再定義し、経営ビジョンとして2030年に日本農業の未来をつくり出す場所『富良野未来開拓村』を創出すると掲げました。


 酪農業が新しく生まれ変わるために必要なことは①品質②生産性③マーケティング④働き手です。富良野未来開拓村では、研究開発を主とする『開拓ラボ』、情報流通・マーケティングを行う『交流の場』、ワークライフバランスを推進する『暮らし方改革』の3つの機能を持ちます。


 具体的に開拓ラボでは、『オンリーワン牛乳』づくりを推進します。オンリーワン牛乳とは、機能と顧客の要望に特化した唯一無二の商品牛乳を意味し、機能の面では、いま酪農業界で注目されている『A2ミルク』の製造に挑戦します。


 これまで牛乳を飲むとお腹がゴロゴロするのは乳糖が原因と言われていました。しかし、近年の研究によると牛乳に含まれる乳たんぱく質の約80%を占めるカゼインの中でも『β(ベータ)カゼインA1』という物質が原因ではないかと議論されています。


 乳牛で一般的なホルスタイン牛は、牛乳中に『βカゼインA1』『βカゼインA2』の両方を出す系統と『βカゼインA2』のみを出す系統に遺伝的に分かれており、当社がめざすA2ミルクはβカゼインA2のみの牛乳を意味します。


 オーストラリアではA2ミルクの国内牛乳消費シェアが10%を超え、オーガニックより大きな市場になっています。A2ミルクを扱うニュージーランドの乳業メーカーの売り上げは拡大しており、中国の2兆円規模と言われる粉ミルク市場への参入も進めています。


 日本国内ではA2ミルクの研究は残念ながらほとんど進んでいません。まずは認知度を広めるのが大事だと考え、今年6月に『日本A2ミルク協会』を立ち上げました。


 最初こそ機能面の優位性はありますが、時間と共に模倣され代替されてしまいます。真の『オンリーワン牛乳』を追求するには顧客の要望に特化した牛乳をつくる必要があります。たとえば、顧客から「このチーズケーキに合う牛乳をつくってほしい」という要望に応えることで、牛乳は藤井牧場でなければならないと思っていただく。これこそが真のオンリーワン牛乳をつくるということだと考えています。


 『富良野未来開拓村』のロゴは一見すると欠けています。これから欠けている部分をみんなで埋め、みんなでつくっていこうという思いが込められています。自分の理想とする場所を、自分たちの手でつくり上げるという藤井牧場の開拓精神の表われです。


 経営理念を再定義し、『富良野未来開拓村』をつくるというビジョンを掲げたことで、社員の意識が変わりました。社員と共にこれからの100年を力強く開拓していきます。

 

『富良野未来開拓村構想』イメージ図

 

■会社概要
設  立:1990年
資 本 金:500万円
従業員数:35名
事業内容:酪農、乳製品の製造・販売・加工

 

(2020年10月29日「道北あさひかわ支部10月例会」より 文責 佐々木靖俊)