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【69号記念講演】やれる理由こそが着想を生む。はやぶさ式思考法  ーあきらめないチームが『はやぶさ』奇跡の帰還を生んだー

2021年01月29日

やれる理由こそが着想を生む。はやぶさ式思考法
―あきらめないチームが『はやぶさ』奇跡の帰還を生んだ―

 

JAXA 宇宙航空研究開発機構シニアフェロー 川口 淳一郎(神奈川)

 

 「はやぶさ」は2003年5月9日に打ち上げられた日本の小惑星探査機。2005年に小惑星「イトカワ」に着陸して惑星表面の岩石を採集し、2010年6月に地球に帰還しました。地球の引力圏外の天体に到達してサンプルを採集し、再び地球に帰還したことは世界初の快挙です。
 後継機の「はやぶさ2」は2014年12月に打ち上げられ、2018年9月に小惑星「リュウグウ」に着陸して岩石を採集し、2020年12月に地球に帰還しました。はやぶさプロジェクトメンバーは、どのように壮大なミッションを成し遂げたのでしょうか。

 

 

地球を守るための小惑星探査

 

 「はやぶさ2」は先日、小惑星リュウグウを離れて帰還の途につきました。リュウグウは金平糖のような形をしています。はやぶさ2から送られてきた動画を見ると、飛び散る破片は砂利ではなく薄い板状の石でした。「インパクター」という人工のクレーターをつくる道具も使いました。宇宙風化していない材料を持ち帰るためには10m以上の穴をあけなければなりません。


 6500万年前、恐竜を絶滅させた小天体が地球に衝突しました。1億年に1回くらいの間隔で同規模の衝突があります。しかし、直径20m以下の小天体の地球への衝突は、100年に1回の頻度であります。衝突するとどうなるか。阪神大震災クラスの地震が起きます。海に衝突したら大津波に襲われます。しかし、直径20mの小天体ならロケットを打ち上げて軌道を変えることができます。その時、小天体がどのくらい固いか情報を収集していなければなりません。「はやぶさプロジェクト」は社会や文明を守る活動なのです。

 

約40kmの距離から見たリュウグウ JAXA提供


アメリカとの大きな差

 

「はやぶさ2」 H-IIAロケット26号機 打ち上げ JAXA提供

 2019年はアポロ11号が月面に着陸して50周年にあたります。アームストロング船長とオルドリン飛行士が月面に降り立ったのは1969年。北海道同友会が創立した年と同じですね。


 日本最初の人工衛星「おおすみ」は1970年に打ち上げられました。アポロのサターン5型ロケットは高さ100m。重さ2000tです。貨物船が打ち上げられたようなものですが「おおすみ」は電柱ロケットです。この差はとんでもない差です。


 日本は世界で4番目に人工衛星を打ち上げた先進国ですが、アメリカや旧ソ連との差はあります。アメリカは1982年に宇宙船を帰還させて再利用するスペースシャトルを打ち上げました。当時は、使い捨てロケットは要らなくなるといわれていました。米ソのようなことはできない。我々は何をするのか模索した結果、探査すべきは小天体であるとゴールを決めました。


 地球の深部には岩よりも重い物があります。しかし、何があるのか確かめた人はいません。地球は小惑星が集まってできたとしたら、それを調べれば地球の深部を明らかにすることができます。由緒がはっきりした天体を探査することが我々の定めたゴールでした。

 

宇宙開発は長期プロジェクト

 当時、燃費がいいエンジンがありませんでした。加速と減速を繰り返すと燃料を沢山使います。燃費のいいイオンエンジンを開発するのに10年かかりました。1996年にはやぶさプロジェクトが始まり、7年かけて「はやぶさ」を製作し、7年かけて「はやぶさ」を飛ばして地球に戻しました。宇宙開発は30年くらいかかる長いプロジェクトなのです。


 2004年にヨーロッパの彗星探査機「ロゼッタ」が打ち上げられ、2014年にほうき星に着陸機「フィラエ」が接地してミッションを終えました。フィラエは3本足でした。


 「はやぶさ」は一本足です。着陸の何が一番難しいか。横方向にスピードが残るとひっくり返ります。「はやぶさ」は横にスピードが残らないのが特徴です。横に残るスピードの限界は1秒間に8㎝です。3億㎞の彼方の地球から止めなければなりません。


 2016年、NASAは「はやぶさ」よりはるかに大きい惑星探査機を打ち上げました。NASAも気が付いたのです。小天体から資料を持って来ることは重要なのだと。「はやぶさ」より13年遅れです。


 NASAは冥王星に向けて探査機「ニューホライズンズ」を打ち上げています。技術力はアメリカが最先端を走っていて差はますます広がっています。

 

小惑星探査機「はやぶさ2」の小惑星Ryugu出発 JAXA提供

科学技術で飯が食えるか

 

 私は宇宙開発の人材育成は徒弟制度で進めるべきだと思います。先輩が手取り足取り教えてくれたものは身につかず剥がれていきます。しかし自分で勝ちとったものは絶対に剥がれない。弟子は親方の背中越しに親方の手先を見て技術を盗む。盗んだ技術は絶対に忘れない。その人の本当の実力になるのです。


 先輩は私に言いました。「君は学校を出て何でも分かっているつもりかもしれないけれど、そんなものは実力ではない。君の持っている知は無知の知だ。早く気づけ」。


 また私の上司は常日頃こう言っていました。「見えるものはすべて過去のものだ。見えていない未来を探していかなければならない」。


 アポロ11号の飛行士の中で生きているのはオルドリンです。映画「宇宙兄弟」にも出演しています。彼は映画の中で言っています。「ロケットを打ち上げる力はエンジンではない。人間の魂だ」。まさにその通りです。


 ロケットは半世紀前に開発されました。すでに過去の技術です。超音速旅客機で世界に出張する時代が来ます。その旅客機が外国製なら子どもたちは夢を持てません。苦しい時代だからこそ未来に投資しなければならないのだと思います。


 科学技術で飯が食えるのかとよく聞かれます。こう答えています。「夢も見られない国で飯が食えるだろうか」。コピーしかできない国は侮られます。一目おかれる国になることは安全保障にもつながるのです。

 

後輩を信じて任せる

 

 100年続く会社は3%しかないと聞いています。二代目は初代を尊重すればするほどその内側にこもりがちです。「先輩の名を汚さぬように努める」と二代目がよく言います。これでいいのでしょうか。


 私も退職が近づくと人材育成の大事さを感じます。後輩には自分たちを越えてほしいと思いますが、なかなか伝わらないものです。だから引き際が重要です。退職するまで先頭に立っていると成果は頭打ちになってしまい、技術は伝承できません。ベテランは現場で共同作業に取り組むことが大切です。


 初代は早めに身を引き、後進を育成することです。今進めているプロジェクトのリーダーは35歳です。メンバーもリーダーより年下の人たちで構成されています。ハラハラドキドキの連続でしたが、彼らの成長はめざましかった。後輩を信じて任せることです。

 

はやぶさ旅立ち(イラスト:池下章裕)

 

決まりを守るだけでいいのか

 

 決まりを守ることにこだわって、それを当然と受け止める日本人が多いのではないでしょうか。新しいことを始めるときは、規制がなかったら何ができるかを考えることです。規制なんて数十年のうちになくなるものです。


 どの国にも天体の領有は認めないという「宇宙条約」があります。しかし、資源を持ち帰ることは禁止していません。「はやぶさ」は宇宙資源を持ち帰ることが重要なミッションでした。今や、アメリカやヨーロッパには宇宙不動産会社がありますが、日本には一社もない。


 宇宙からは資源を持ちかえられるのです。その流れに乗り遅れないようにしよういう考えがない。標準や企画ができた時は手遅れです。「標準」をつくることが大事なのです。

 

土台作りの人生でいいのか

 

 私は甲乙つけがたいことがあると、どちらを選んでもいいと先輩に言われました。若い人は次の会議までのやることを決めて満足することが多い。現場の共同作業でシニアがアドバイスをすることです。この感覚はマニュアルをつくっても意味がありません。モニターだけ見ていて現場に足を運ばないエンジニアは落とし穴にはまります。


 大学で講演した時に学生に聞かれました。「あなたは創造的にと言うけれど、すでに多くの製品が出まわっているので膨大な文献を読まなければならない。どのように勉強したらいいか教えてほしい」。典型的な日本人学生病ですね。


 こんな質問もあります。「どうやったら宇宙飛行士になれるでしょうか」。この学生はこんな回答を期待しています。「この文献をすべて読んで頭に入れて試験を受けたら受かるかもしれないよ」。


 そうじゃないのです。本を読んで準備することは意味がありません。いつの時代でも、さあ今からイノベーションという時にルネッサンス以降のすべての文献を読まなければならないのでしょうか。


 本は拾い読みするものです。一行でも役に立つ内容があればそれでいい。完読しなくていいのです。


 「人生、ピラミッドの土台づくりで終わるな」と言いたい。隅々まで踏み固めることはない。タワーが立つところだけ固めればいいのです。今のページを見て1割しかわからなくてもいい。必ずページをめくらなければならない。めくらないことの損失のほうが大きいのです。

 

人工クレーターへのタッチダウン(イラスト:池下章裕)

 

夢が人生をつくる

 

 「人生が夢をつくるのではない。夢が人生をつくる」と大リーガーの大谷翔平は言っています。素晴らしいですね。ダメ出しばかりでリスクをとらない組織でいいのでしょうか。制約にしばられて自己規制してしまうことが日本人の欠点です。


 NASAは1990年代に小惑星探査の計画を立ち上げました。彼らはさっさと実行に移してしまいます。アメリカがすぐできることをやっていても太刀打ちできません。NASAも手を引っ込めるようなことに挑戦しよう。これが「はやぶさプロジェクト」の発端です。


 「はやぶさ」の回収には100㎞四方の場所が必要になります。お役所はそんな場所は日本にはないという。そこで南極大陸で回収すると提案しました。事前にNASAに回収の協力を依頼しに行きました。「はやぶさ」の着陸はNASAのスターダスト計画より一週間早かったのですが、一週間遅いと言って駆け引きしました。


 採集した岩石を入れるカプセルは耐熱材料でできていますが、これは大陸間弾道ミサイルに使われる軍事技術です。輸入もできない。核保有国以外で持っているのは日本だけです。開発の段階でNASAに加熱フードを使わせてほしいと頼んでおきました。そのかわり持ち帰ったサンプルの何割かはNASAに渡すという交換条件を出して進めました。科学技術だけやっていてもプロジェクトは進みません。


 このような仕事ができる人材を育てなければならないのですが、ここが難しいところです。

 

やれる理由を見つけて挑戦

 

 私は子ども向けの理科の本を出版しました。理屈を先に書かないで「実験だけしろ」と書きました。物事の順番は学んでから始まるものではないのです。


 NASAは日本に次いで世界で2番目に他の天体から帰りました。「はやぶさ」はオンリーワンをめざしました。


 0から1をつくったことが「はやぶさ」の貢献です。レシピもマニュアルがあったわけではありません。無から有をつくったのです。


 「こうやるんだよ」を次の世代に教えた瞬間に、その人の実力ではなくなってしまう。環境をつくることです。はやぶさは全人未踏の領域にどのように入ったのかと海外のマスコミからも聞かれます。


 やれる理由を見つけて挑戦するだけなのです。


(2019年11月22日「北海道中小企業家同友会創立50周年記念講演会」より 文責 米木稔)

 

■プロフィール
 宇宙工学者、工学博士。1978年、京都大学工学部卒業後、東京大学大学院工学系研究科航空学専攻博士課程を修了。旧文部省宇宙科学研究所に助手として着任。2000年に教授に就任。1996年から2011年まで、「はやぶさ」プロジェクトマネージャを務める。現在、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(ISAS/JAXA)宇宙飛翔工学研究系教授。2011年より、シニアフェローを務める。