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【69号特集3】SDGsと中小企業  ―企業の社会的責任を考える―

2021年01月15日

SDGsと中小企業
―企業の社会的責任を考える―

 

日本貿易振興機構アジア経済研究所
新領域研究センター 法・制度研究グループ長 山田 美和(千葉)

 

現在、世界各国で取り組まれている「持続可能な開発目標(SDGs)」はすべての人々の人権の実現をめざしています。同友会では1975年に発表された『労使見解』に基づく「人を生かす経営」をすすめてきました。山田氏の講演から同友会運動とSDGsの関係性を紐解いていきます。

 

 

 


 

 私が所属するアジア経済研究所は、1958年に財団法人として設立され、1960年に通商産業省(現経済産業省)所管の特殊法人になり、その後1998年に日本貿易振興機構(ジェトロ)と統合された、開発途上国を研究している日本で最大の機関です。私が本日お話するテーマに取り組むようになったきっかけをお話します。私は2008年から2年ほどタイで在外研究をしていました。タイは皆さんが口にするエビなどの輸出を中心とした、水産加工業が主要産業のひとつですが、周辺国からの移民労働者が支えているのが現状で、彼らを取り巻く法制度の研究が目的でした。


 現地では行政機関へのヒアリングや移民労働者へ直接ヒアリングをする機会がありました。ヒアリングを通して、彼らの賃金は出来高によって払われていたり、少ない賃金から制服や寮費が差し引かれていたり、そもそも住んでいる寮が粗末なものだったりと、決して良い労働条件ではないことがわかりました。ビルマ人の女性工員にヒアリングした際、彼女はある名刺を見せてくれました。そこには日本の大手食品加工会社の品質管理者という日本人の名前がありました。「この人は、時々日本のお菓子をくれる」と彼女は笑顔で話してくれましたが、私は危機感を抱きました。なぜなら日本企業は消費者のための品質管理はしっかりと行っていますが、取引先工場の劣悪な労働環境には関知せず看過ごしているからです。サプライチェーンの中のこのような実態を日本企業は見て見ぬふりをし、日本の消費者は知りもしない。これはいずれ、日本企業にとって大きなリスクになると強く感じました。

 

SDGsと同友会運動

 

 持続可能な開発目標(以下SDGs)というと、カラフルなロゴを思い浮かべる方も多いかもしれません。SDGsにはロゴに描かれている17の目標と、169のターゲットが設定されています。それぞれが不可分に繋がり、とても重要な取り組みですが、SDGsの根底には「すべての人々の人権を実現することを目指す」と前文に記載されていることを忘れてはいけません。また「地球全体の繁栄のための行動計画であると同時に、これはより大きな自由における普遍的な平和の強化を追求すること」や、「単なる利害関係にある人だけではなく、影響を受けるすべての人々のパートナーシップのもと、誰一人取り残さないこと」という、SDGsの大きなめあても謳われています。


 これまでの同友会運動は、女性活躍推進や障がい者雇用、エネルギーシフトなどにも取り組んだとうかがいました。その多くがSDGsとの共通点を見い出すことができ、国や地域、時代を越えた普遍性を持っています。会員の皆さんはコロナ禍で日々苦労されていると思いますが、掲げた理念を具現化し、取り組みを地域から世界へ発信してほしい。同友会の理念とSDGsの到達点はほぼ同期していますので、同友会会員の皆様の使命はとても大きいと感じています。

 

SDGsにおける企業の役割

 

 SDGsには前身となるミレニアム開発目標(以下、MDGs)があることをご存知でしょうか。MDGsは2015年までに、途上国の開発課題を解決することが目標でしたが、課題が残りました。エネルギーの利用や海洋資源の保護、気候変動などの課題解決には途上国だけではなく、先進国も含めた世界的な取り組みが求められ、SDGsに盛り込まれました。


 またSDGsとMDGsの大きな違いは、目標達成のために国だけではなく、民間セクターの役割が重要だと記載されたことです。これは企業が社会に与える影響がプラスの面も、マイナスの面も非常に大きく、世界的な課題解決のためには企業などの民間部門の役割や責任を認識する必要があったためです。SDGsでは企業は生産性や経済成長、雇用の創出などの重要な鍵であるとされています。またここで言う企業とは、多国籍企業のような大企業だけではなく、小企業なども包括されています。


 よく企業の方からは「SDGsに取り組むメリット」について質問されることがあります。財務諸表に表れるメリットは少ないかもしれません。しかしSDGsにはすべての企業に責任があることが記されており、それは自社にも当てはまることを認識していただきたいのです。また同友会会員の皆さんには、ぜひ今までの自社の取り組みをSDGsという世界的な視点を通して見直し、今後の自社の新たな課題を見出してほしいと思います。

 

「ディーセント・ワーク」と「人を生かす経営」

 

 SDGsの8番目の目標は「働きがいも経済成長も」と訳されています。この表現は「働きがい」と「経済成長」がトレードオフの関係にあるように感じてしまいます。本来であればそれらは両輪の関係にあるものでなければなりません。目標8は正式には「すべての人々のための包括的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する」となっています。国際労働機関(ILO)はディーセント・ワークを、「人々の生活の中で仕事における願望や念願などを総称するもの」と定義しています。この願望や念願などには、公正な収入のある仕事への就業機会、職場における安全保障、労働者だけではなくその家族のための社会的保護、経営決定権への参加の自由や組織の自由、男女の処遇や機会の均等など多くのものを含んでいます。


 ディーセント・ワークの内容を聞くと、同友会会員の皆さんは何か感じるものがあるのではないでしょうか。皆さんが大切にされている、『労使見解』に基づいた「人を生かす経営」に通じるものがあると感じたはずです。私も初めて中小企業家同友会全国協議会(以下、中同協)発行の『人を生かす経営~中小企業における労使関係の見解~』を読んだ時、現在世界中で課題とされている内容を、1975年にすでに経営課題としていたことや、それぞれの会員企業が解決に向けて実践をしてきたことに大変驚きました。今後はぜひ、『労使見解』に基づいた「人を生かす経営」の実践を、世界的な取り組みであるSDGsというレンズを通して再確認し、その素晴らしさを世界に向けて発信していただきたいと思います。そうすることで新たな課題が見つかり、さらに企業が発展するチャンスが増えていきます。これこそが企業がSDGsに取り組む最大のメリットではないでしょうか。

 

ビジネスと人権に関する国連指導原則

 

 SDGsの前文には企業の役割や責任について記載されています。役割や責任を果たし、SDGsの目標を達成した際の最大の受益者はビジネスであり、またビジネスのSDGsに対する最大の貢献はバリューチェーンや自社の活動において人権尊重を明確にすることだと言われています。


 企業がSDGsを実践する際には、前文に「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(以下、指導原則)をはじめとする、国際的な基準にもとづく活動によって果たされると記載されています。今年度の中同協第52回総会議案書には指導原則を踏まえた対応が明記されています。文書や役員の言葉で指導原則について触れている経営者団体は、同友会の他にないと思います。


 指導原則は①人権を保護する国家の義務②人権を尊重する企業の責任③人権侵害の際の救済へのアクセスという3つの柱で構成されています。ビジネスと人権という話をすると、国の義務がないがしろにされることがありますが、人権尊重の第一の義務者は国です。いかに人権尊重の取り組みに企業が努力しようと、どうしても解決できない問題がたくさんあります。まずはビジネスの世界で、人権尊重ができる前提をつくることが国の最大の義務です。企業が実践する上で解決しがたい問題がある時は、国に提言することも必要だと考えています。

 

 

人権デューディリジェンス

 

 指導原則ではビジネスが社会に及ぼす影響の大きさを考慮して、企業に対して人権の尊重を求めています。企業が責任を果たすためには①人権尊重をもりこんだ基本方針を表明すること②人権に関する影響を特定、予防、軽減するための人権デューディリジェンス(※1)を行うこと③人権侵害を改善するためのプロセスの3点の実行が必要だと記載されています。また、企業が人権への負の影響を及ぼす際は、労働基準法違反などの直接的な原因や、短納期の注文などによる間接的な原因、投資などによって引き起こされると指摘しています。各企業における具体的な取り組み方法は、経済協力開発機構(OECD)が2018年に採択した「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス(※2)」を一度ご覧ください。企業規模を問わず、すべての企業が活用できると思います。


 人権デューディリジェンスは2015年ドイツで開催されたG7エルマウ・サミットの首脳宣言の中で、企業に対しての履行を要請すると宣言されました。あわせて各国には国別の行動計画策定を求めています。これにより2015年のイギリスをはじめ、多くのヨーロッパ諸国で法制化されています。アジアでは昨年タイが初めて法制化しました。ヨーロッパ諸国の法律は海外展開の際の注意事項などが中心に書かれているのに対し、タイの法律は自国の法整備を進めることも記載しているのが特徴です。日本でも検討が進んでおり、今年行動計画が発表され、具体化していく予定です。

 

 

中小企業に求められるもの

 

 ジェトロが2017年に行ったアンケートで、CSR(企業の社会的責任)方針を策定している企業の割合は、大企業に比べ中小企業は低い結果になりました。一方で納入先企業から労働、安全衛生、環境などへの配慮の取り組みを求められた企業は非常に多くなっており、早急にCSR方針を検討、策定する必要性が高まってきています。


 日本はコロナ禍で、中国に生産拠点を依存している経済体質を変え、東南アジアなどに拠点を分散することを検討しています。東南アジア各国が加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)では、すでに国際的行動規範を遵守し、人権を尊重することが求められています。これから東南アジアへ進出する企業は、そうした状況を踏まえて、現地で日本企業の信頼性を示してほしいと思います。また人権尊重に取り組む企業が、正当な評価と利益を得られる社会、経済を国内外で醸成させていくことが重要だと感じています。


 SDGsに取り組む中小企業に必要なことは、自社の活動が人権をはじめとする社会に大きな影響を与えることを理解し、ディーセント・ワークの実現がSDGsへの最大の貢献だと認識し行動することです。品質や価格も大切な要素ですが、自社の商品やサービスを取り巻く人権問題に関するストーリーを明確にし、発信していく中で、多くの関係者を巻き込んでいく必要があります。


 そのような中で『労使見解』に基づく「人を生かす経営」を実践している同友会会員の皆さんが、自社の取り組みをSDGsや指導原則などの国際的な枠組みと照らし合わせた経営方針を表明し、実践していくことで、価値や理念に基づいた経営を行う企業の競争力がより高いものになると信じています。


 『中小企業憲章』には「中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である」と謳われています。同友会会員の皆さんはその体現者として、自社の活動を発信し続け、世界を牽引してほしいと願っています。

 

■プロフィール
 法律事務所勤務を経て1998年アジア経済研究所入所、海外派遣員(バンコク)などを経て2011年より現職。近著に「『ビジネスと人権に関する国連指導原則』行動計画(NAP)策定のその先にあるもの」(アジ研ポリシー・ブリーフ 2020年8月)「SDGsに貢献する責任あるサプライチェーンの実現」(『Work & Life世界の労働』2020年1月号)「グローバル市場で求められる責任あるサプライチェーンとは?─世界の日系企業800社アンケートから読み解くギャップとリスク─」(アジア経済研究所2019年3月)他

 

※1 人権デューディリジェンス~組織が人権に及ぼす負の影響を回避、緩和することを目的に、事前に認識・防止・対処するために自社の事業経営、取引先などを精査する工程

※2 責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス~https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf

 

(2020年10月15日「第68期同友会大学第25講『公開講座』」より 文責 間宮一信)