【67号 特集1】厚岸蒸溜所の3年目の挑戦 ー夢は“厚岸オールスター”でのウイスキー造りー
2019年01月01日
2016年10月に厚岸町でウイスキー蒸溜を開始し、2018年2月に初の商品となる『厚岸 NEW BORN FOUNDATIONS 1』を販売。原料から樽材まで全て厚岸産という「オール厚岸産」のウイスキー造りをめざします。
堅展実業㈱・厚岸蒸溜所 所長 立崎 勝幸(厚岸)
当社の事業は、食品原材料や酒類・ウイスキーなどの輸入です。近年、ジャパニーズ・ウイスキーの人気が爆発的に高まり、国産ウイスキーの確保が困難となる中、安定供給をめざすため、厚岸町での自社生産に取り組むことになりました。
当社は、世界5大ウイスキーの一つとされているスコッチウイスキーの中のアイラモルトのようなウイスキーを造りたいと思い、厚岸町をウイスキー造りの地に選びました。竹鶴政孝さんと鳥井信治郎さんが最初に出した「白札」という製品、ドラマ『マッサン』でも「こんな煙臭いウイスキーは売れない」という話が挿入されていましたが、そのウイスキーよりももっとスモーキーなフレーバー、これが特徴のウイスキーです。
ウイスキー造りに欠かせない条件
アイラモルトは、スコットランドの西にあるアイラ島で造られるウイスキーのことです。アイラ島は東京23区と同程度の面積、人口約3500人という小さな島ですが、島内にウイスキー蒸溜所が8カ所あり、2020年までにあと2カ所が建設される予定です。
アイラ島が“ウイスキーの聖地”と呼ばれるようになったのは、冷涼な気候で、原料である水や大麦の生育環境に適しており、ウイスキーの香りを特徴づける重要な材料のピート(植物が炭化してできた泥炭)が豊富だったからです。アイラモルトは磯っぽく、スモーキーフレーバーが最大の特徴です。アイラモルトのようなウイスキーをめざすのであれば、アイラ島の環境に近いところで製造するのが近道だと考えたのです。
ウイスキー造りに必要な要素はいくつかありますが、まずピート(泥炭)層を通った水が欠かせません。道外ではピート層を通った水を確保するのは難しく、道内では釧根と石狩、サロベツに泥炭地があるため可能です。
当蒸溜所のそばを流れる尾幌川上流のホマカイ川が、仕込み水の取水口です。冷たく澄んでいる綺麗な水で、サーモンも上がります。その周辺には、ラムサール条約にも登録された「別寒辺牛湿原」があり、清流にしか生息しないと言われている梅花藻(水路などに群生する小さな白い花)も生息しています。
原料となるピートの確保も重要です。厚岸蒸溜所も湿原のピート層の上に建てられています。アイラ島は島全体が海に近く、ピートにも昆布のような海藻類が入っていると言われています。厚岸町の湿原地帯も昔はおそらく海だったと考えられ、湿原近くは草中心のピート、海付近は海藻の成分が含まれたピートがあるという非常に珍しい地域なのです。
次に、良い熟成環境です。厚岸町は海に面し、湿原に囲まれ、海流の影響で生じる海霧が立ち込める地です。この海霧が潮の香りを運んでくれます。スモーキーフレーバーのウイスキーにはこうした立地が欠かせません。
ワインや日本酒といった醸造酒は、温度や湿度が一定のところで保存します。一方、ウイスキーなどの蒸留酒は、比較的低温で湿度の高い環境が適しています。さらに四季の移りかわりがハッキリしており、一日の中で温度と湿度に変化があることが望ましいと言われています。夏でも25度以下、冬は氷点下20度まで下がる厚岸町の冷涼湿潤な気候と寒暖差は、ウイスキーの熟成を早めてくれます。
ウイスキーは長期熟成をすることで風味がまろやかに変化しますが、その間に自然環境が変わってしまうと、良い熟成は期待できません。厚岸町の湿原はラムサール条約登録湿地のため、自然環境がこの先も守られていくことは、熟成にとって大きな利点です。
最後は食文化です。アイラ島では生牡蠣にシングルモルトウイスキーを垂らして味わう食べ方があり、私たちも牡蠣が採れる土地を探していました。そこで、国内有数の牡蠣の生産地である厚岸町が有力候補地となったのです。アイラモルトのようなウイスキーを造りたいという私たちにとって、これらの自然、気候、食文化がそろっている厚岸町は願ってもない土地でした。
蒸溜所の建設がスタート
厚岸計画は2010年にスタートし、2013年より国内2カ所の蒸溜所から原酒を買い取り、試験熟成を開始しました。2015年に蒸溜所の建設を始めましたが、湿原地帯のため泥炭層の下は地下50メートル付近まで軟弱な地盤で、そのままでは基礎の杭を打つことができません。そこで、建物の基盤下の土を取り除き、代わりに発砲スチロールを敷き詰めて地盤を調整する『コロンブス工法』を採用し、建設に乗り出しました。2960㎢の蒸溜所敷地内に、408㎡の蒸留棟、180㎡の熟成庫を2つ建設。蒸溜開始後約1年で熟成庫が満杯となり、2017年には太平洋からの風がじかに吹き込む土地に、第2熟成庫を追加で拡張建設しています。
私たちは、スコットランドの伝統的な製法にこだわっています。ウイスキー造りの象徴とも言える銅製のポットスチル(モルトウイスキーなどの蒸溜に使用する、独特のかぶと型をした単式蒸溜釜)は、世界一の知名度を誇るスコットランドのフォーサイス社のスタッフが来日、当蒸溜所で直接製造してもらいました。こうして2016年10月、蒸溜がスタートしたのです。
求める酒質のために―私たちが考える品質の良さ―
当蒸溜所では、1日2度の仕込みを行い、365日稼働させると年間30万リットルのウイスキーを生産することができます。現在は1日1回の仕込みで稼働が約270日のため、年間生産量は約10万リットルです。道内の別会社の年間生産量は約200万リットルですので、本当に小さな蒸溜所なのです。
ウイスキーの製造工程は大きく分けて7つあります。原料の大麦の精麦、粉砕、糖化、発酵、蒸溜、樽詰、熟成です。大麦の収穫・乾燥・発芽までは別の工場で行い、2つ目以降の工程が蒸溜所のスタッフの仕事で、最後の熟成は保存するだけです。モルトウイスキーの原料は、ピート層を通った水、大麦麦芽、酵母の3つのみです。
私たちが求める酒質のために重要視した工程は、粉砕と糖化です。麦芽を糖化の工程でお湯と混ぜあわせ、麦汁(ウォート)をとるのですが、綺麗な麦汁をとるためには粉砕の工程が重要となります。
糖化の工程では、大麦のデンプンが酵素によって糖に分解され、どの程度の糖がつくられるかで甘さも変わり、原酒の味が大きく変わります。ウイスキー造りでは、原酒の段階でおいしくないと良いお酒にならないと言われています。原酒でおいしさを出すために、蒸溜の段階で手を加えることは非常に難しいのです。つまり、おいしいウイスキーを造るためには、麦汁の品質の良さが重要で、そのために粉砕と糖化の工程を重視するというのが昨年1年間のウイスキー造りでの結論です。
蒸溜所では、一度の仕込みで1トンの麦芽を使います。そこから750㎏の糖をとることを目標としています。大麦に含まれる炭水化物の割合は非常に多いのですが、利用可能炭水化物と差があり、710㎏程度しかとることができません。残り40㎏の糖をいかにとることができるかに挑戦しています。
もう一つは、「大麦由来の乳酸菌」の存在も重要となります。乳酸菌が活躍することで非常にフルーティーな甘い香りがしてくるからです。大手蒸溜所が使っている木の発酵槽には発酵の過程で乳酸菌が棲みつきますが、私たちはステンレスの発酵槽を使っており、毎回洗浄しています。そのため、糖化の工程で大麦由来の乳酸菌をしっかりと活かすことが、おいしい原酒造りには欠かせません。乳酸菌の含有量は㏗を確認します。数値が1に近づくほど酸味が強く、4・0以下をめざしています。
日本と海外のウイスキーの一番の違いは麦汁にあります。「澄んだ麦汁でなければ、ジャパニーズ・ウイスキーではない」と言われるほどです。テイスティンググラスに入れると指が透けて見える、濁度300以下の綺麗な麦汁をめざしています。私たちが考える「品質の良い麦汁」を発酵させると、最終アルコール濃度は8%以上、㏗は4・0以下、オレンジ色でリンゴや洋ナシのようなトロピカルフレーバーの風味が出て、酸味とフレーバーがマッチしたクリアな味わいとなるのです。
2017年の成果として、糖は目標750㎏のところ732㎏、乳酸菌は㏗4・0、濁度は284となり、私たちがめざす数値を達成することができました。
“厚岸オールスター”のウイスキー造りをめざして
2016年に製造したウイスキーが、私たちの“ファーストヴィンテージ”となります。ファーストビンテージのウイスキーは、11月と12月のみの製造となったので、数が少なく貴重なお酒です。そして、2018年2月に初製品『厚岸 NEW BORN FOUNDATIONS 1』が発売となりました。このウイスキーには3分の1ほどファーストヴィンテージが入っており、皆様からの評判も上々でした。
ウイスキーには定義があり、皆さんが良く耳にする「スコッチウイスキー」とはイギリス北部のスコットランド地方で蒸溜、熟成されたウイスキーの総称です。そして「穀物が原料。酵母により発酵させ、アルコール分94・8度未満で蒸溜し、700ℓ以下のオーク樽で最低3年以上熟成させること」がスコッチウイスキー法での定義とされています。世界的にこの定義が広まり、日本にウイスキー造りが広まった現在も、大手、中小のメーカーともに竹鶴政孝さんが持ち帰ってきた「3年以上熟成させること」を頑なに守っています。ですから私たちも「ウイスキー」とは名付けず『NEW BORN』と命名したのです。海外では3年未満のウイスキーはスピリッツと呼ばれています。
同商品は、バーボン樽で5カ月~14カ月熟成したノンピートモルト原酒を使い、樽出し原酒に近い味わいを体験していただくため、アルコール度数は60度としています。レモンやナッツ、ハチミツのような甘い香りと、柑橘系の酸味とふくよかな甘みが感じられ、バニラのような甘さとコーヒーのようなビター感が余韻として続いていきます。2018年8月にはピーデッドタイプ、2020年には本格的なシングルモルトウイスキーの販売と、一歩ずつステップアップしていく予定です。
私たちの最終目標は、厚岸産大麦・ピート・ミズナラ樽材を使った『厚岸オールスター』のウイスキーを造ることです。2017年3月に伐採した厚岸産のミズナラを1年間乾燥させ、大変良い樽材になりました。今年中には厚岸産の樽ができあがります。あとは厚岸産の大麦ができればいいのですが、ここがなかなか難しい。
そこで、最終目標の前に『オール北海道産ウイスキー』を造ることを計画しています。
課題となったのは、原料となる大麦の生産です。道内で大麦が生産できる土地がないか探し、2018年3月から蒸溜を開始したウイスキーは、2017年7月に収穫した富良野産大麦です。富良野大麦麦芽を使い、厚岸蒸溜所で原酒を造り、厚岸産ミズナラ樽に入れる。ついに『オール北海道産ウイスキー』への道が拓け、数年後には商品化できます。
品質の追求こそ地域貢献
アイラモルトで有名なアイラ島には毎年、5万~6万人の外国人観光客が訪れます。人はなぜ、アイラ島に行くのでしょうか。アイラモルトとバードウォッチングが目的です。アイラモルトの品質が良く、人々を魅了しているのです。「どのような風景の中で造っているのだろうか。現地に行き、本場の味を味わってみたい」。その思いがアイラモルトを求めて旅する理由なのです。
厚岸町には現在、道内外から年間約10万人の観光客が訪れています。厚岸町にもウイスキーを目的とする海外からの観光客が6万人程度来ると予想すると、町内観光客数が1・5倍程増えることになります。世界各国には100年以上の歴史を持つウイスキー蒸溜所があり、高品質のお酒を世界中の人々が味わい、生産地に興味を持ち、現地を訪れているのです。
私たちが取り組むべき課題は「厚岸蒸溜所の原酒の品質をできる限り高めること」であり、品質を求め続けることがテーマです。
これから先10年、20年、そして100年と続く蒸溜所になり、世界中の人たちをウイスキーで厚岸町に引きつける。これが、厚岸蒸溜所としての地域貢献になると私たちは考えています。
(2018年3月15日「くしろ支部第5回釧根経営セミナーin厚岸」より 文責 滝口由美)
■会社概要
設 立:2016年
資 本 金:1,000万円
従業員数:7名
事業内容:ウイスキー蒸溜・販売