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【67号 特集4】わが社の共育活動奮闘記 ー地道な活動の中で、社員はどのように変化したのかー

2019年01月01日

札幌で電気工事業を営む拓北電業㈱の鈴木氏は、入社時からずっと企業にとっての社員に対する考え方に疑問を感じていました。社長就任後、その疑問は会社の変革の原動力となります。鈴木氏が言う「共に育つ」組織とは、一体どのような組織なのでしょうか?

 


 

【報告者】

拓北電業㈱ 代表取締役社長 鈴木 暁彦(札幌)

 


 

 当社は1947年に祖父が創業し、私で4代目になります。電気工事の会社ですが、コンセント一つを取り付ける小さな工事から、億単位の公共工事に至るまで、年間約2000件の幅広い規模の工事を請け負っています。札幌のほか、室蘭、旭川、帯広にも支店があり、社員84名中、役員4名、事務担当10名、営業担当5名、現場代理人34名、電工職人31名の会社です。


 私は東京の大学を卒業後、大手ソフトウェア会社に入社しました。4年ほど働いていましたが、ある日、父から「いつ帰ってくるのか」と電話がかかってきます。それまで「会社を継げ」や「帰ってこい」と言われたことがなかったため、突然の父の言葉に私は困惑しました。それまで帰ろうと思ったことはありませんでしたし、東京に骨を埋めるつもりでの上京でした。しかし、パーキンソン病という難病を患い、日に日に体調を崩していく父の姿を見て、北海道に帰ることを決心しました。


社員と思いを
共有できる経営者に


 1994年、私は総務の一係員として拓北電業㈱に入社し、3年後に取締役総務部長になりました。そのタイミングで父から叔父に社長が交代するのですが、その頃から私自身、いろいろなことを考えたり、想いを持つようになっていきました。


 叔父は現場一筋のたたき上げで、個々の現場に対して指示を出すことはあっても、会社の将来を見据えたビジョンを示し、共有しようとすることはありませんでした。全社的な指示といえば、「利益を出せ」「経費を削減しろ」ということを言うぐらいでした。


 私は叔父の姿を見て、会社をどうしたいのか理解できませんでした。叔父の姿を反面教師に、「自分が社長になる時が来たら、絶対に社員と思いを共有できる経営者になろう」という決意を心に固めました。


 この頃から、できることは提案しながら取り組んでいきました。まず行ったのが、会社の組織図の変更です。これまでは、実際の工事に従事する「電工さん」と呼ばれる職人たちが、組織図には名前が載っていませんでした。電工さんも含めた全員が当社の社員のはずなのに、「これはおかしい」と思い、変えました。
 次に採用体系を変えました。それまでは電工さんに関しては各部署で採用する状態でしたが、本社総務部ですべての社員の入退社を管理し、人に関することは本社で把握をするようにしました。


 2004年7月、私は社長に就任しました。副社長時代に考えていたことや、目指すべき会社の方向性がはっきりしていましたので、それに近づくため、様々な取り組みを始めました。


 例えば、それまで実施していなかった朝礼の有効活用や個人面談を行い、社員にも自分自身の目標を考えてもらう環境をつくりました。個人面談では、本人と各部署の所属長に個人目標を設定してもらい、翌年、結果の確認をします。社員ごとのシートに目標や結果を書き込むようになっており、私も社員一人ひとりの顔を思い浮かべながら、コメント欄にその社員へのメッセージを記入して、本人に返しています。非常に大変ですが、大事なことだと思っていますし、こだわりを持ってやっています。


 さらに、全社を巻き込んだ改革にするため、「TQC」という自社独自の会社の品質を向上していくための活動を始めました。これは「拓北クオリティコントロール」の略で、国際基準であるISOは本社だけの取り組みだったため、ISOをやめて、全社で取り組める活動に変更をしました。


書くこと、話すこと、
考えること


 このように、様々な仕組みを変えようと試みてきましたが、最も強く変えたいと思っていたのは「社員研修」をはじめとする人材育成の活動です。それまでは年に一度、全社員を集めて新年交礼会と懇親会を行っていました。懇親する場はあっても学ぶ場がなかったため、社員が学ぶ機会を継続してつくっていこうと考えました。


 まず、当社は業種的に職人が多く、寡黙で話し下手な人も少なくありません。そこでしっかりと自分の意見を伝えることができる練習の場として、グループディスカッションを行う場を設けました。討論後の報告は、「慣れていないから何も言えない」というところからスタートしました。しかし、一対一だと話せる人が壇上に上がると何も言えなくなったり、口下手な人がビシッと報告をしたり、社員のいろいろな一面を知り、可能性を感じることができる機会となりました。


 研修後の「教育訓練報告書」も2005年から必ず書いてもらっています。字や文章が苦手な人もいましたが、しつこく毎回行っているうちに、今はそれが「普通」になっています。文章が苦手だった人も書けるようになってきており、「書けないならやらなくていいか」と諦めなくてよかった、ずっとやり続けていてよかった、としみじみ思いました。


 階層別・部門別の社員研修は適宜行ってきましたが、特に幹部社員の成長を重要視しています。例えば係長以上には、経営指針を作成する時に考える内容を投げかけて、考えを記載してもらうことも実施しました。社員自らが自社について考え、良いところは伸ばし、悪いところを改善できる社風づくりに取り組んでいます。


 社員研修に取り組んでいて実感するのは、人によってものの感じ方や認識が全く違うということです。


 例えば「報連相」についてです。上司なら「これは報告してほしい」と思う内容でも、部下は「これは報告しなくてもいいだろう」と思っている場合がありますし、その逆の場合もあります。まずは両者の感覚の違いをお互いに受け入れることが大切です。現在、その認識の差を少しでも埋めるために、報告・連絡・相談に確認を加えた「報連相確」を自社で推進しています。


 また、内勤の社員は現場の実態を知らないということがあります。全社員が現場を把握するため、現場見学会なども実施しています。また現場代理人による施工工事の事例発表会も行っています。社員にその工事が「どういう工事だったのか」「何に苦労したのか」ということを伝えてもらうことで、少しでも現場の認識を全社員で共有できれば、と思っています。


自走できる組織をめざして


 現在、指示待ち型の若手社員が多い、という話をよく聞きます。しかし、これは裏を返せば社員の自主性を経営者や上司が引き出せていないということでもあります。


 当社では、長らく同友会の社員研修に社員を参加させてきました。しかし、数年前から社員が自社の研修を企画・運営する仕組みをつくろうと試みています。例えば、新入社員研修であれば、総務が名刺交換や電話応対の研修を行ったり、営業が顧客情報や営業の考え方を伝えたりしています。また、工事部門は技術的なことや安全面などを学ぶ研修を行っています。受ける側の成長ももちろんですが、何より講師役を務めた先輩社員の成長を強く感じています。自らが講師役を務め、自社のことや業務をより深く知ることで、「次の研修はもっとより良くしよう」「参加者にわかりやすい内容にしよう」という主体者意識が生まれてきています。人を育てることができる社員が成長していけば、どんどん人が育つ組織になります。そのような環境をつくりたいですし、社員が自走できる組織をつくっていくことが私の目標です。


 社員と接していて思うのは、一方通行の「教え育てる」というスタイルでは相手に受け入れてもらうことはできない、ということです。押しつけの教育では、拒絶されてしまいます。まず相手の存在を認め、「あなたのここがいいよ」とその人の長所をきちんと伝えることが大切です。私も未だに社員に対して、「なぜこんなことができないのか」「なぜ言ってもわからないのだろうか」と思ってしまうことが多々あります。しかし、どんな人でも「少し変わったかな」と思う時期が必ず来ます。社員も人間ですからそれがいつなのかはわかりませんが、経営者や上司が待つことができなければ、いつまでたっても社員は育ちません。心が折れそうになったりすることもありますが、私も負けず嫌いですので、「我慢比べでは誰にも負けない」という感覚で継続をしていけば、必ず社員は変わってくれると信じています。


 私自身、まだまだ未熟者ですが、経営者自身が同友会などで学び、成長していくことが、「共育」を実現していく上で一番大事なことであると思っています。そしてこのことをいろいろな場面で発信をしていくことが必要です。


 同友会では、例会や社員研修会など、経営者と社員が共に学ぶ機会が数多くありますし、社員向けの研修も次々と企画されています。しかし、それはあくまできっかけです。自立した社員へと育てる場所は、それぞれの企業でしかありませんし、その会社の経営者です。自らの社員を育てることを他人任せにせず、自分事として捉え、人育てをしていく必要があります。これからも、社員と共に失敗しながら成長していきたいと思います。


(2018年8月8日「くしろ支部釧路地区会8月例会」 より

 


 

■会社概要
設  立:1948年
資 本 金:7,000万円
従業員数:84名
事業内容:電気設備工事