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【55号】創業と中小企業の成長に最も適した市域を実現~帯広市の中小企業振興条例改定の取り組みに学ぶ~

2007年01月01日

(株)ホクコー 代表取締役 岩橋 浩 氏

(北海道中小企業家同友会帯広支部 幹事長)

 

はじめに
 これからお話しするのは、あくまで帯広支部がどのように取り組んだかという話です。こう限定するのは、条例制定に向けたアプローチと方法は他にもあると思いますし、条例の基本理念もそれぞれの地域における中小企業のあり方の違いに規定され、帯広支部の考えとは異なっていても当然だと思うからです。全道からお集まりの各支部の条例制定運動の担い手の皆さんの参考になれば幸いという願いを込め、お話しいたします。


条例制定を目指す二つの理由
 03年1月中同協は「2004年度国の政策に対する中小企業家の提言」第1次素案において、“日本独自の「憲章」制定を”と“地方公共団体全てに中小企業振興基本条例を”の要望を提出しました。実は2000年6月にヨーロッパ小企業憲章が制定され、それを受けての要望になったと思うのですが、いずれにしても同友会が「中小企業憲章」と「中小企業振興基本条例」制定に言及した最初の年が03年になります。つまり、中同協に加盟する北海道中小企業家同友会の一支部として取り組んだ側面があります。


 また、バブル崩壊以降の厳しい情勢下で中同協は『金融アセスメント法』の制定運動を提唱しました。帯広支部でも01年、署名運動に取り組み、そこで地域の衰退は同時に中小企業の衰退に繋がる、ということを再認識したのです。


 このことによって同友会活動がより深化した事例を挙げます。それは共育活動です。「共育=次代を担う人材の健全育成こそ、遠回りであるが地域活性化の鍵」という共通認識が出来てくる中で高校生へのインターンシップ・キャリア教育への取り組みが本格化し、共育の幅が地域を意識した内容へと深化したということです。現在の活動は就労観・労働観の育成を大きな目的として進められていますが、一歩進んでヨーロッパ中小企業憲章にある『企業家精神のための教育と訓練』へ踏み込んでいけるかが今後の課題です。帯広支部はその課題に向かって一歩踏み出しました。10月8日に行われた十勝型インターンシップ=『ジョブちゃれinとかち』です。


 もう一つは行政との関わりです。パッケージ事業・地域雇用開発活性化事業などは地域をキーワードにして活動のウイングを広げたからこそ、会員にすっきりと受け入れられたと考えています。


 また、同友会理念との関係で言えば、以前は「よい会社をめざそう」「よい経営者になろう」に留まっていた活動が「よい経営環境をつくろう」「国民や地域と共に歩む中小企業」この方向にも活動領域を広げた、ということです。ちなみに「自主・民主・連帯の精神」を加えたものが同友会理念です。正に同友会理念を全面的に見据えた活動を帯広支部は行う段階に入ったということです。「地域に根ざせ中小企業家同友会」という04年以降の帯広支部スローガンは、端的に帯広支部の課題を表したものです。ですから、「中小企業等振興条例」改正活動は、01年以降地域をキーワードに活動のウイングを意識的に広げてきた帯広支部活動の必然的帰結で、成し遂げなければならない大きな課題なのです。


中小企業政策の三つの理論
 条例と取り組む際に最初に整理しなくてはならないと思ったのが、中小企業政策理論です。世界の中小企業政策の基本的な理論は次の三つに整理できると思います。


1) 反独占、自由競争の担い手としての中小企業に対する支援
 経済学的には資源の最適配分を実現するために競争が必要で、競争を維持するには独占の対抗勢力として中小企業の支援が必要です。もうひとつは、戦前の財閥・軍部の融合により帝国主義を生み出した反省から中小企業が経済民主主義の担い手と位置づけられ、そこへの支援が必要という政治的視点からの理論です。


2) 経済活性化のための苗床機能を果たす中小企業の支援
 経済という森の新陳代謝を行いその活性を維持しているのは若い苗木であり、中小企業はその苗床の役割を果たしているのだから、経済活性化には中小企業の育成が必要であるという理論です。


3) 輸出競争力強化に関する産業政策的視点からの支援
 経済発展とそのために必要な輸出競争力強化のためには、中小企業の貢献が不可欠であるから、中小企業の保護育成が必要という理論です。この典型は日本であり、明治維新以降現在までの中小企業政策の中心的思想で、東南アジア諸国などこの政策を採っている国が多くあると言われています。


なぜ自治体レベルで政策が必要なのか
 今までの地方自治体は国からの補助金・交付金などを財源に、どう分配するかが求められていました。が、このような自治体経営はもはや不可能といえます。


 平成11年に改定された中小企業基本法第6条において、地方公共団体は「…その地方公共団体の区域の自然的経済的社会的諸条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する」ことになりました。旧中小企業基本法を考えると、政策の大転換と言えます。


 この2つの事実を総合し導き出される結論は、「税収の財源作り=中小企業育成も自治体が責任をもって行いなさい」ということです。地域産業がしっかりし、雇用を生み域内消費が活発であれば、地域人口減少は起こりませんし、税収は確保され地方自治体は破綻しません。


 条例とは「法」であり、「法としての強要性と実効性」を有した「政策達成手段」です。従って、地方自治体の中小企業政策の基本方針は、立法化されて強要性と実効性と継続性を有した政策として初めて成立します。同時に上記の立案・審議過程は条例に対しての選挙民・市民の見解を問う過程でもあり、議決によって初めて市民の同条例に対する賛否が確認できるのです。また、首長は公選制ですが、首長が誰になろうと長期に渡って実現を目指す経済振興策が、首長の交代によって変わってはならず、立法化は継続性の担保であると考えます。


創業・企業成長に最も適した地へ
 現在まで10回の会議と2回の行政・商工会議所との合同学習会や討論を重ねてきました。そこで問題にしてきたこと、問題になったことを話していきます。


 プロジェクト内では条例案は施行後のことを考え、行政側に作成を委ねることにしました。苗床に肥料や水をやるのは行政です。墨田区や八尾市のような行政マンを帯広でも生み出したいという願いがあったからです。


 次に条例の依って立つ思想をどこに置くかです。帯広には大企業が存在せず、教科書的な二重構造が広く存在しているとは思いません。そこで、『ヨーロッパ小企業憲章』に謳われているように次の時代を切り開く苗床としての中小企業観に立ち、中小企業を限りない可能性を秘めた存在として位置づける条例となります。ですから地域振興・「豊かで生きがいと賑わいに溢れた街」を作るため「帯広・十勝を創業と中小企業の成長に最も適した場所にする」「日本一の苗床を作る」これを理念とすることにし、前文に「創業と中小企業の成長に最も適した市域を帯広に実現」と明記するよう要望しています。


 次に、条例検討を具体的にどうするかの問題です。一から考えるのは我々素人には無理ですから、墨田区の条例を基本に置いて、そこに我々の考えを加筆・修正する形を取ろうとなったわけです。中でも議論となった点についてお話しします。


 まず、プロジェクト内部での論点ですが、条例で中小企業が元気になったとして、地域住民にとってメリットはあるのかということです。これについては経営が良くなると法人税や雇用増からの所得税による税収増が見込め、住民への行政サービスの充実が期待できます。


 もう一点、創業についてです。これにこだわるのはいくつかの理由があります。一つ目はこの条例は既存の企業を守るためのものではないということ。二つ目は、教訓からです。先進地の墨田区や八尾市では創業という概念が条例に無いことから企業数が減少しているのかもしれません。三つ目は昭和40年代以降、新規雇用の大部分は創業によるものであること。四つ目は、次の産業を担う萌芽が創業にあるということです。


 次に行政との論点ですが、
1)現条例の全部改定か廃止による新条例の制定を求めるかですが、我々としては、基本という概念が入ればどちらでも構わないとしました。
2)条例の理念を明確にするため、前文を設けるよう要望を出しました。この点は合意したと考えております。
3)理念中「最も適した市域にする」具体的にはどういう政策か問われていますが、プロジェクトでは回答は用意しています。
4)首長の責任を明記して欲しいということ。合意はしましたが表現がどうなるかは何とも言えません。
5)名称です。定義とも関わるのですが、現条例にある「等」という言葉を抜いて欲しいと要望しました。これが入ると中小企業団体も入る。そうすると、基本的なところが曖昧になるのではと心配しています。


 先程も述べたように、今後どの自治体にも「中小企業等振興条例」が制定されるでしょう。各自治体で取り組みのレベル差が生じ、その結果、理念と目標を持って取り組んだ地域とそうでない地域との活力差が中長期的に見れば大きくなるでしょう。鍵は、中小企業振興に全力を挙げてくれる行政マンをどれだけ生み出せるか、そのための行政内部の仕組みづくりも含めて必要ですし、何より市長が最大の理解者というより先導者でなくてはいけません。そして、経営者自身が同友会理念に基づきしっかりとした経営を行うことが、前提であるということは言うまでもありません。