【55号】新規就農あいつぐ酪農郷はこうしてよみがえった
2007年01月01日
浜中町農業協同組合 代表理事組合長 石橋 榮紀 氏(浜中)
浜中町の概要
北海道東部、釧路市と根室市のほぼ中間に位置する浜中町は、漁業・酪農業の第1次産業を中心とした町です。酪農業は、「ハーゲンダッツのアイスクリーム」の原料にもなっている良質な牛乳の生産を行っています。
平成5年6月にラムサール条約登録湿地となった「霧多布湿原」や「きりたっぷ岬」など自然に恵まれ、毎年多くの観光客が訪れる町でもあります。浜中町の夏は、海岸線を中心に特有の海霧が多く発生し、雪は比較的少なく、年平均気温5~6度と冷涼な気候です。しかし、人口の減少も進み、ピーク時には13,000人を超えたこともありましたが、現在は7,300人くらいまでに落ち込みました。
私の生い立ち
私はこの浜中町で生まれ育った酪農家の2代目です。父親が酪農を営んでいましたが、自分は学生時代に「酪農を継ぐのはイヤだ」と考え、工業大学に進学しました。そして大学を卒業後は、どこかの技術系の会社に入ろうと考えていた時に親父が倒れました。そのような状況の中、急遽家族会議を行い、その結果、私が父親の後を継ぐことになりました。
人口・酪農家の減少が止まらない
私は浜中町で酪農業を営み、組合長を10数年務めてきました。かつて、酪農家はピーク時に700戸ほどがありましたが、現在は200戸ほどに落ち込んでしまいました。人口や酪農家の減少が続くと地域はどんどん寂れていきます。この状況を何とかしたいと考えた末、離農跡地を積極的に活用するための制度を創設し、新規就農者を育てる就農者研修牧場づくりに取組みました。この取組みのお陰で、浜中町の農地面積の1,100haの部分が新規就農者に活用され耕作放棄地にならずにすんでいます。
新規就農者が地域を変える
新規就農者が入ってくることは、地域経済にとって様々な波及効果があります。新規就農者が入ってくることによって、畜産生産額で1戸平均3,000万円ほどのお金が地域で回ります。産業関連への波及効果までを考えるとその2.3倍の効果があるといわれています。それが地域の中で巡り巡って地域の人々の懐に入ってきます。
また若い新規就農者は子供を生み、育てる世代で地域の学校も維持できます。そして学校があると先生が赴任してくる。現在22名の新規就農者が入ってきていますが、彼らの存在で地域コミュニティを維持することができます。このような様々なことを考えると、その効果は計り知れないものがあります。
若い人が地域にいることで地域に活力もでてきます。若い人の中には、レストランを作る者やチーズ工房を作る者も出てきました。あるいは、広大な自然を活かしてアウトドアを楽しむというように楽しそうに生活を満喫しています。彼らは、酪農が好きで、北海道で牧場をやりたいという夢を持って浜中までやってきているのです。
これらの新規就農者を見て、「酪農がそんなに面白いなら後を継いでみようかな」と、後継者としての自覚をもって育つ地域の子供達も出てきました。
なぜ若者が浜中に集まるのか?
今、なぜ浜中に若い新規就農者が集まるのか、その理由としては 1)地域として受入体制がしっかりしている、2)土地の値段が安く、新規就農者が安い費用負担で営農を始めることができる、3)ハーゲンダッツやカルピス等、世界的に有名な商品の原料の生産ができるということが若い人の誇りになっている、4)研修牧場(新規就農者を養成する)や育成牧場(夏季の忙しい時期に若い乳牛を預かり育てる)、酪農ヘルパー(酪農家に代わって、若いヘルパーが朝・夕の搾乳や飼養などの作業を行う)等のサポート体制があるということ、これらのことが新規就農者が浜中に集まる理由だと思います。
商品の価値をどう高めるか
浜中町で生産される白い牛乳。この牛乳という商品は見た目では違いが分からないし、飲んでみても味もそんなに遜色がありません。そのような中、この商品の差別化をつけるためにはどうしたらよいか。その牛乳に物語(ドラマ)をつけるしかありません。健康な土から健康な草ができ、その健康な草を牛が食べることで健康な牛乳ができ、その牛乳を我々人間が飲んで健康になる。
浜中町の牛乳が他の牛乳と違う所といえば、高品質な成分を維持できている、安全安心な部分を科学的なデーターを基に証明できることです。
1981年に牛乳の成分を分析するセンターを作りました。そこでは土壌や牧草、そして牛乳の成分をしっかりと分析します。牛の口に入る物の全てのデーターを蓄積し、全てを把握することができます。このような生乳のトレーサビリティーをしっかりと出せるのは、私達の強みです。
分析センターができた次の年に、茶内の雪印乳業(株)の工場が再編合理化のために閉鎖され、その後、タカナシ乳業(株)が誘致されました。そのタカナシ乳業(株)の社長が分析センターを見学にこられた時に、誰も気を留めなかった乳脂肪分のデータに目を留めました。普通は3.4%~3.8%ですが、浜中の牛乳は4.0%という数字が出ていたのです。この4.0%の牛乳が「成分無調整4.0牛乳」として売り出され、高品質牛乳として今でも売られています。さらに浜中の牛乳のほとんどが、アイスクリームで有名なハーゲンダッツの原料として使われることになりました。いままではハーゲンダッツのアイスクリームが日量26万個作られていましたが、今年の4月から160万個の生産ができる工場が完成し操業を始めています。商品が高品質であれば世界に通用するということの証明でもあります。
人材・後継者を地域で育てる
いかにして農業を通じて地域を元気にするか、農業者と地域の人が連携をしていくかという問題がありますが、これは最終的には「人」の問題だと考えています。
その地域に住みたい人が集まり、その地域の後継者となるような人には、まず広い世界を見てもらい、そして浜中に戻った時に、その学んだことや培った能力を発揮してもらう。
その力をいかに発揮してもらうかがこれからの地域の課題であり、その仕組みを作っていくことが私達の農協の仕事だと思っています。地域における人材や後継者は、地域の人々みんなで育ててこそ地域に根付いてくると思います。そうすることで地域の活気も出てきます。
これからの農協の役割とは
これからの地域を変えるのはこのような新規就農者や、広い世界を見てきた後継者達だと考えています。そして、その人達を上手く取りまとめるのが私たち農協の役割だと思っています。
浜中農協では組合員の皆さんに平成15年より事業評価をして頂いています。農協が組合員にとって本当に意味のある仕事をしているかどうかを、組合員の方々に評定してもらうのです。
今まで農協の職員には「俺たちが組合員の要望を叶えてやっている」という慢心がありました。しかし、これからは農協も組合員と共に戦略的に取り組んでいかなくてはなりません。組合員から出された要望で理にかなっていることは、できる限り実現するようにしています。
そして浜中農協としても、職員それぞれが自分の問題点を把握し、今の自分に必要なカリキュラムを自らが作成し、それぞれの職員が組合員の期待に応えられる人物になるように取り組んでいます。実際に、「デンマークに行き、現地で勉強してきたい」といった職員を研修に行かせたりもしています。
その職員はデンマークで多くの事を学び、現在では、その経験を活かして様々な所で活躍してくれています。
職員自らがやりたい、学びたいことを見つけ、それを組織として応援していくことでその職員が大きな成長を遂げることを実感しました。
これからも浜中町の新規就農者が元気良く活躍し、浜中の酪農家が営農を続けていけるような農協を作っていくのが私の役割と考え、様々なことに挑戦していきたいと思っています。
【設 立】 1948年
【出 資 金】 22億5,900万円
【従業員数】 120名
【業 種】 農業協同組合