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【54号】十勝経済を支える農業の付加価値化と今後の展望

2006年01月01日

■パネリスト
帯広畜産大学 教授 伊藤 繁(農業経済学)
北海道 副知事 麻田 信二
(有)北海道ホープランド 社長 妹尾 英美(幕別町)

 

■コーディネーター
生活協同組合コープ十勝 専務理事 山口 敏文

 


 

山口 まず、基調報告の感想をお聞かせください。

 

消費者・生活者の視点に立つ

 

麻田 伊藤先生が最後に提起されたエコ・フードシステムの構築が、北海道にとって一番大切だと感じました。これからの北海道農業は、消費者・生活者の視点に立ち、歩んでいかなければなりません。いま、消費者・生活者が求めているのは、「安心」「安全」「健康」な食べ物です。観光の視点では、グリーンツーリズムのように自然環境の豊かさが注目を集めています。まさに、北海道のもつ潜在的価値を高め、打って出る機会が来ていると思います。そのためにも、クリーン農業、有機農業に取組み、さらに豊かな自然環境をしっかりと守ることが不可欠になります。伊藤先生が最後にまとめられた課題は、北海道全体の課題であるように感じました。


妹尾 伊藤先生のまとめから十勝経済・産業構造における農業の位置づけがよく分かりました。私たち農業者は、これまで常に農協を意識しながら経営してきました。しかし、時代や世界の流れが大きく変わってきた今日、麻田副知事が指摘されたように、消費者・生活者の意見をよく聞きながら経営していかなければならないと感じました。

 

十勝農業の強みと弱み

 

山口 十勝農業は畜産、畑作が中心で、農家1戸当たりの耕地面積も35町歩と他の地域と比べても非常に大きく、農業生産高は全道の2割近くを占めています。麻田副知事は全道を見ておられますが、他地域と比べて、十勝農業の強み、弱みをどのように捉えていますか。また、他の地域の成功事例で参考になることがあれば、合わせて教えてください。


麻田 先ほど伊藤先生のお話で十勝農業は付加価値が低いとの指摘がありました。その理由は、他の地域と比べ十勝農業は大規模経営で、収穫できる小麦やビートなどは政府の管掌作物(政府がある一定の価格で買い取ってくれる作物)なので他の地域より価格面で有利に立つことができたからです。逆に、弱点は、エコ・フードシステムへの取組みが遅いことです。それはお客様が政府などで、いかに大量生産するかに力点がおかれ、消費者の要求が農作物に反映されていなかったからです。


 私はこの5月に高知県の馬路村に行ってきました。馬路村は、1,200人足らずの人口で、これまで産業らしい産業は杉やヒノキなどの林業しかありませんでした。そんな馬路村で昭和50年頃、耕地面積(66ヘクタール)の約65%(43ヘクタール)を占める柚子の商品開発に農協が取組みだしました。そして、平成元年に1億円だった販売額は、現在30億円になったのです。十勝の一農家の農地面積より小さな土地で、柚子加工品の売上が30億円あるのです。こうした事例は、全国各地に幾つかあります。その多くは、悪条件を克服するために色々工夫をし、地域に産業を育て、付加価値づくりに取組んでいるのです。それに比べると十勝農業は恵まれているのでそのような努力をしなくても良かった。十勝の優位性が逆にデメリットになっているように感じます。

 

自由化に対応するために

 

山口 これまで順調に推移してきた十勝農業も、先を見ると不安要素がないわけではありません。妹尾さんはその変化をどう捉えて、どのような対応が出来るとお考えでしょうか。


妹尾 麻田副知事がおっしゃるように、十勝農業は管掌作物の依存度が高くなっています。しかし、あと2年ほどで農作物は完全自由化になるでしょう。そうなれば十勝農業の経済構造は大きく変わるはずです。この変化に耐えられるかという不安もありますが、逆により品質のよい農作物をつくり、国際価格に対応することが出来れば今まで以上にチャンスは出てくるはずです。そのためには、現在のような特定の農産物を政府が一定の価格で買上げる制度ではなく、環境への影響を考慮し、安心・安全な農作物の栽培に取組む農業を振興する「直接支払い制度」に移行することが望まれます。また、輸入農産物に耐えられるものは何かと調べ、イチゴとアスパラだということがわかりました。私の農場は幸い十勝ではイチゴとアスパラの耕地面積は広いほうです。


 国内市場も「安心」「安全」「健康」を求めています。国際価格に対抗しながら、まだまだ流通に乗せることは出来るはずです。

 

目指すは農業の「六次産業化」

 

山口 十勝農業は良い原材料を作るが、その良さを生かす仕組みが地元に構築されていないと言われています。行政・研究機関、農業者、食品加工業者など地元の様々な人達が有機的に結びつき、付加価値を付け、仕事づくり、雇用創出していくためには何が必要でしょうか。


麻田 いま政府で農業の経営所得安定対策が検討されており、今月中に案がまとまる予定(10月27日、「経営所得安定対策等大綱」決定)です。これは、北海道なら10ha以上、都府県は4ha以上の農家を対象とする、というように大規模農家など一定の要件を満たした農業者に限り直接助成することが検討されています。私はこれが実施されれば、それなりに農業者の経営は安定するのではと思っています。しかし、自由化などを視野に入れ、北海道農業に付加価値をつけるためには、東京大学名誉教授の今村奈良臣氏が提起する1次、2次、3次産業を総合した農業の「6次産業化」に取組むべきです。今年2月に設立した北海道産業団体協議会(北産協)という組織は、まさに道内の農林水産団体と経済団体が連携し、産業横断的に北海道経済活性化に取組むことを目的としています。


 行政価格のピークは、昭和60年頃です。その当時に比べると米の価格は3割下がり、他の農産物・牛乳も同様です。それでも十勝農業の生産額は毎年史上最高を記録してきたのです。生産者の努力もあり、十勝農業の体質は確実に強くなっていると思います。ですが、これからはさらに様々な業種のノウハウを生かすことが必要ではないでしょうか。この分科会のように農業と他産業の方が有機的に繋がり、本音で語り合うことが付加価値の高い農業をつくっていくと思っています。

 

十勝農業に新たな視点を

 

山口 農業生産者や食品加工業者がエコ・フードシステムに取組むにあたり、具体的にどのようなことに着眼していけば良いのでしょうか。


伊藤 農業には、農協という非常に強力なガードがあり、それが農業を支えてきた歴史があります。十勝農業も例外ではありません。


 異常気象により発生した世界的な食糧危機(穀物価格が急激に上昇し穀物ショックと呼ばれる。1972年~73年)は十勝農業の分岐点になりました。穀物ショックでは、日本の食料安全保障のあり方が問われました。その結果、74年から80年にかけて畑作物の政府買入価格が大幅に引き上げられました。


 そのとき十勝農業は機械の共同所有から個人所有に切り替わる時期で、個々の農家の規模も大きくなってきていたので、政府の対策が非常に有利に働いたのです。その当時、農協が果たした役割は非常に大きいものでした。しかし、農協が強くなりすぎるとガードの方向に向かいます。


 今後、農業はさらに大きく変化していきます。そうした状況下で十勝農業を発展させるためには、他産業の商売の仕方、消費者の視点に立った見方などをもっと積極的に汲み取ることが大切です。

 

農業の可能性を追求する

 

山口 妹尾さんはベトナムで農業をするなど、新しい付加価値づくり、総合農業を推し進めています。そのあたりのお考えを教えてください。


妹尾 輸入自由化の話が出始めたころ、東北大学の吉田寛一先生に「どのような農業をやったら生き残れるのか」と尋ねたことがあります。そうしたら、たった一言「原点に返ることです」と教えていただきました。その後、「原点とは何か」と考えながら歩み、最近、目指すものが見えてきた気がします。それが、農業分野に加工・販売・サービスまでを含めた農業の総合産業化です。さらに農業には人の心も癒す力があります。そうした、農業が持つ多面的な可能性を掘り起こし、実践することが総合農業だと思います。現在取組んでいる有機農業や、観光農業などもその一環です。


 また、ベトナムに足を運ぶようになったのは、ホームステイでアジアの学生と触れ合ったことからです。同友会メンバーにも協力してもらっていますが、ベトナムの農業振興のために日本・十勝農業が出来ることは色々とあります。そうしたことが、しいては自分たちの技術向上など農業に付加価値を与えるものになると思っています。

 

十勝農業が飛躍するために

 

山口 将来に向けた新たな芽を育てていくために、どのような事が大切になるのでしょうか。


麻田 大切なのは取組み方だと思います。先ほど紹介した馬路村は過疎地にあり、柚子加工に取組まなければ村は無くなっていたでしょう。


 通商白書に紹介された岡山県赤坂町は、従来の産業振興等の地域活性化政策の効果に疑問を抱き、独自に調査を行い、地元産米の付加価値を高めるために炊飯加工事業を手がけました。そして、雇用と税収の増加に結びつけています。例えば十勝でも大豆を豆乳として新たに展開するとか、糞尿も廃棄物ではなく様々な使い方をしていくなど、まだまだ取組み方は沢山あるのではないでしょうか。


 三重県阿山町にある「伊賀の里モクモク手づくりファーム(三重県同友会会員)」もそうした取組みを行っている先進事例です。このように様々な工夫によって悪条件を克服している事例は沢山あります。そのようなところより、十勝は十分に恵まれており、食品加工技術センターや帯広畜産大学との連携により新しい技術などの芽が出つつあります。さらに地元中小企業が連携することにより、飛躍的に農業・地域経済が発展する可能性があると思います。

 

十勝での産学連携の現状と展望

 

山口 伊藤先生、地元企業としては、産学連携を自社の経営にどのように生かしたらよいのかまだわからないところがあります。アドバイスをお願いします。


伊藤 帯広畜産大学には、農学系大学として全国初の産学連携拠点である地域共同研究センターが96年に設立されました。設立以来、委託研究・受託研究の件数は結構ありますが、その大半は道外からの依頼です。地元の人からは、大学への要望を伺う地域交流懇談会の中で、センターに対する様々な意見・要望が出されています。そうした貴重な意見を検討し、改善していかなければならないと考えています。


 05年3月、帯広で帯広畜産大学、農業・生物系特定産業技術研究機構北海道農業研究センター畑作研究部、道立畜産試験場、道立十勝農業試験場、道立食品加工研究センターの5機関が包括的な連携協力を推進するための枠組み「スクラム十勝」が設立されました。その目的は、わが国の動植物性食品生産の中核である十勝地域が抱える食の安全と安心(生産と衛生)に関する多様な課題の解決を図るとともに、高度な人材育成を通じてわが国の食の安全・安心の確立に貢献し、ひいては健全な食文化の構築に資することです。このようにこれまで弱かった地元との連携に向けて、新たな取組みが始まっています。


 ただ、全国にはさらに進んだ産学連携があります。代表格が岩手大学工学部の教員有志が主宰する「岩手ネットワークシステム(INS)」です。ここは、盛岡市の中心部に拠点があり、コーディネーターが民・官・学を結びつける重要な役割を担っています。十勝でも、どこかが中核的インキュベーター機関の母体となり、コーディネーターの役割を担わなければ、いくらシーズが有ってもニーズと結びつきません。したがって、中核的なインキュベーター機関づくりが急務になります。


山口 このパネルディスカッションの最大のテーマは、農業の付加価値化であり、その先には仕事興し、働く場づくりがあります。雇用拡大を前提とした農業育成の展望をまとめと合わせてお答えください。

 

農業の可能性は都市のニーズ

 

妹尾 私の農場には現在12名の職員がおり、そのうち地元以外の職員が半数を占めています。その人達は、農業への憧れ、食の安全性の追求など様々な目的をもち、十勝に来ているのです。決して賃金は高くありませんが、その人達の熱意や希望を生かし、色々なことが出来るはずです。今年1つの農場を購入しました。そこでは、先ほど触れた農業がもつ人の心を癒す力を追求する福祉農業を行っていこうと思っています。農業の可能性は都市のニーズでもあると思います。都市のニーズをもとに新しい農業の可能性を模索していけば、農業の展望を切り拓けるはずです。

 

今後の十勝農業のキーワード

 

麻田 これからの十勝農業は、北海道・日本の中だけでなく、世界の中で見たときにどうなのかを考えていく必要があります。その際にキーワードになるのは、「環境」「食料」「地域」「個性」だと思います。十勝農業が持っているものを本当にうまく生かせば世界に通用するはずです。その為には、いかに農業が変わっていけるのかがポイントになります。また、これからは交流の時代だと言われています。北海道はグリーンツーリズムなどで、交流人口の拡大する可能性は大きいのです。十勝でも観光面で農業者と他の産業が関わり、促進していくことが大切だと思います。


エコ・フードシステムに波及性を持たせるには


伊藤 エコ・フードシステムだけでは雇用効果を発揮できませんが、相乗効果により全体的な産業に波及し雇用を促進することは出来るはずです。そこで、中核的インキュベーター機関が母体となり、産業間の垣根を越えたプラットホームづくりが必要となります。そうしたことによって、継続して事業を行うことが可能になり、地域経済が一つ一つのステップを経て活性化されてくると思います。


山口 パネリストの皆さん、ありがとうございました。十勝経済は第2の開拓の時期にあるという認識に立ち、前向きに戦略的に取組んで参りましょう。


(文責 事務局 佐々木靖俊)