【54号】農業と中小企業の連携による新市場開拓~品質第一を貫き急成長~
2006年01月01日
報告1 生産者との連携に至った経緯
(株)山本忠信商店 代表取締役社長 山本 英明
当社は1960年に設立し、現在第47期目を迎えております。売上高は前期42億円でそのうち豆類29億円、小麦11億円、その他農業資材が2億円です。取り扱っている豆や小麦の品質は、生産者と連携した上で出来上がった物語(ストーリー)そのものが付加価値であるという切り口で、「ヤマチュウがあったから消費者と生産者が繋がることができた」という会社を目指して、日夜社員と頑張っております。1953年の創業時は、生産者から豆を集荷して豆屋さんに売るという仕事をしており、1960年から本州へ豆を販売するようになりました。1989年までは豆一本槍で行ってきたのですが、小豆は「赤いダイヤ」と呼ばれるくらい、非常に相場の荒い商品で先代の社長は苦労して利益を出していました。
生産者との連携は1989年の小麦の取り扱いから始まったのですが、実を言うと必ずしも連携が目的ではありませんでした。私がこの会社に入った1987年当時の豆の集荷は、集荷業者が農家に行って現金を支払い、トラックに積んで当社に持ってくるという形態が90%以上でした。集荷業者は35名程いましたが、皆さん高齢で跡継ぎもいないという状況だったので、10年か15年も経つと人数は半分になると思いました。集荷業者の商圏を侵さず、むしろ協力していくような商品で、かつ生産者と直接取り引きできるものは何かと考えたところ、それが小麦だったのです。最初は生産者が15名で契約面積は115ヘクタール程でした。翌年17名に増え、「チホク会」という生産者の勉強会を立ち上げました。この会には現在139名が登録し、契約面積は1,600ヘクタールを超えています。いずれはこの方達に豆を栽培してもらい、豆の集荷をしていくことが連携のねらいでしたが、十勝では生産者の収入の40%が小麦に頼っており、生産者からすると「売れる麦づくり」に一番興味があります。ヤマチュウは豆屋であると同時に小麦屋であらねばならないということから、これから説明する取り組みが始まる訳です。
報告2 十勝産パン・中華麺用強力小麦粉の誕生
(株)山本忠信商店 専務取締役 山本 マサヒコ
皆さんのテーブルの上に置いてあるのは、当社で販売を進めた十勝産パン・中華麺用の強力小麦粉「春の香りの青い空」です。国産強力小麦粉の商品化は製粉会社やパン屋さんにとって悲願で、特に十勝産の強力小麦粉は今までにありませんでした。
「キタノカオリ」「春よ恋」「ホクシン」という3種類の小麦をブレンドすることで生まれました。「キノタカオリ」は中華麺・パン用に向く秋撒き小麦です。「春よ恋」は春撒き小麦で、北海道のパン用小麦としては比較的有名な「ハルユタカ」の後継品種で、パン用強力小麦粉としては非常に優れています。「ホクシン」は中力粉でうどん等の日本麺用に使われており、十勝では約98%の生産者がこの「ホクシン」を栽培しています。2005年7月「麦の需給をめぐる状況」の「小麦の需要の状況(2003年)」によると、国産小麦の比率は日本麺用が一番高く、69万トンの需要のうち約62%の43万トンを国内で生産しています。全国で使用されるパン用小麦は、輸入と国産を合わせて160万トンの需要があるのですが、国産小麦の比率は0.6%の1万トンで圧倒的に輸入品が多いのです。
国産小麦は従来、食管流通の全量政府買い入れでしたが、2000年から制度が変わり民間流通への移行が推進され、多くは民間流通となりました。今までは政府が生産者から高く買い上げ、安く製粉会社等に売り渡していたのですが、制度の移行により政府が買い入れる価格と市場取引価格との間に差額が出てくるので、政府は生産者の経営安定と国産麦維持のために「麦作経営安定資金」を創設しました。現在、小麦の需給バランスは崩れ、需要に対して供給が多く、余っている状態にあると言われています。だから、生産者側からすると、「売れる小麦を作っていかないと買ってもらえない」ということになります。パン用小麦の需要は日本麺用の約2.3倍あるにもかかわらず、流通している国産小麦は0.6%ですから、「パン用小麦をどう開発していくか」ということが課題でした。
「キタノカオリ」の開発
そんな時に、北海257というパン用小麦がうまく開発できたというニュースが流れました。それが先程紹介した「キタノカオリ」という品種で、これにより安定したパン・中華麺用小麦の栽培ができるようになったのです。「ハルユタカ」や「春よ恋」のような春撒き小麦は、春先や収穫時期の天候に左右されやすく、収量や品質が不安定という欠点があり、作付面積も減少傾向にありました。しかし、「キタノカオリ」という秋蒔き小麦は春先の天候に左右されず、収穫期の降雨や病気にも比較的強く、品質・収量共に安定しており、作付面積も拡大できます。まるで夢のような小麦が生れたのです。チホク会の3代目の会長さんと一緒に「キタノカオリ」を開発した研究者を訪問し、「2000年から始まる民間流通に先立ち、チホク会で何とか試験栽培させていただきたい」というお願いをしました。結果的には、1999年から栽培を開始し、2004年に「キタノカオリ」が北海道の優良品種として登録されるまで毎年2ヘクタール試験栽培をさせていただきました。今年から一般栽培されるようになり作付面積が増えたので、北海道全体の生産量では3,000トンを超えています。
「売れる麦」を目指して
小麦の商品化・差別化をしていく上で、我々は品種と地域の特定を全面に出し、小麦版「魚沼産コシヒカリ」を目指して取り組みを行っています。パン用小麦は輸入が多いのですが、国産小麦には安心・安全という良いイメージがあり、産地の特定は差別化になります。製パン特性はどうかというと、輸入小麦の方が若干膨らみやすいのですが、国産も輸入もほとんど変わりません。香りや味では国産の方が格段に良いので、総合的には輸入小麦と同等もしくはそれ以上となります。当社では「顧客に評価されない差別化は差別化ではない」ということを基本的視点にしていますが、「自社の商品が認知商品か否か」も重要なポイントです。
この十勝産強力小麦粉「春の香りの青い空」は認知商品ではないので、認知させるために、まず地元のパン屋さんである満寿屋商店さんと交流を図り、3種類の小麦粉の最適なブレンド比率を決めました。新聞記事になる話題づくりが狙いだったのですが、「新しい小麦粉が出来たから採用して下さい」と単に言うのではなく、「チホク会の会員139名にこの小麦粉で作ったパンを配布するので、そのついでに満寿屋商店さんの店舗である『ますや』で販売していただけませんか」とお願いしました。これには商品のPRと、チホク会の今までの取り組みを形で示せるという2つの利点がありました。その後、十勝産強力小麦粉普及拡大推進協議会を設立し、十勝産強力小麦粉の普及拡大のために勉強会の開催やPR活動として帯広、音更、芽室、札内などで無料配布されている「生活情報誌 月刊しゅん」というフリーマガジンに十勝産小麦の広告記事を掲載しました。
また、十勝の六件のパン屋さんに一律26,000円値のパンを作っていただき、「とかち食材フェスティバル」というイベントでパンの無料配布を行いました。その他にホームベーカリーのモニター事業や学校給食へのアプローチを行っています。音更町、幕別町では来年度の給食への本格採用を検討していただいている段階です。まだ商品の認知度が低く、数量も少ないために価格が高いという問題があるので、今後は商品の追加や大規模な製品改良を行い、大量生産を可能にして販売チャンネルを増やし、価格を下げて買い手側にも喜ばれる商品にしていくことが目標です。
新たな需要の発掘
チホク会では「ファーム・リッチ・サイクル」という考え方をしており、製粉会社など企業が生産者と消費者を取り持っていくことを図形化したのが、この「ファーム・リッチ・サイクル」のマークです。何とか消費者に、地元十勝の見慣れた小麦畑から優れた商品が出来上がっていることを知ってもらい、消費者と生産者の間を繋いで行きたいと考えています。消費者は生産者の顔が見える商品を望んでいますが、生産者も消費者が喜んでいる顔を見たいですし、生産者も消費者なのです。美味しいものを消費者に届け喜んでもらうことで、生産者の作付け意欲が促進され、自分の行っている農業を掘り起こし、価値を高めていくことができます。
つまり、自分のやっている農業が豊かなものだと生産者に感じて欲しいのです。生産者と消費者をどう繋げていくかを課題としながら、今後も給食などを通した「食育」へのアプローチと共に、新しい十勝ブランドとして観光へのアプローチを行い、新たな需要を掘り起こして行きたいと考えています。
(文責 佐藤牧子)
■会社概要
【設 立】 1960年
【資 本 金】 2,000万円
【従業員数】 53名
【業 種】 雑穀精撰移出業、有機栽培農産物販売