【53号】日本経済の構造変化と中小企業経営の課題
2005年01月01日
神戸大学発達科学部 教授 二宮 厚美 氏
パンフレットを拝見すると、分科会のテーマ、講師ともに内容盛りだくさんですね。これから、分科会でより良い時間を過ごしていただくために「何故、分科会のテーマが重要なのか」また、「どのような視点で学ぶべきか」という窓口となるようなお話をさせていただきます。
3つの大事な視点
本日、お話させていただく上での視点は、大きく3つです。1つは「奥深く迫る」事です。日本経済は10年~20年の単位で大きく変化しています。かつて、日本的経営は世界からも注目の的でしたが、今や内部では物凄い変化が起こっています。新たな経営環境の下、中小企業にはどのような姿勢が求められているのか。これを表面的ではなく、経営者は震源地に遡って奥深くとらえる必要があります。
2つは「鋭く見る」事です。大企業と中小企業は、そもそも経営の在り方が違います。たとえば、大企業で流行の成果主義という賃金体系を導入する事は、果たして中小企業にとっていい経営と言えるのでしょうか。話の中で両者の違いやあらゆる変化を鋭く比較・分析し、様々なヒントを探っていきます。
そして3つ目は、「地域を広く見る」事です。これから必要な事は「地域循環型」の考え方だと思いますが、北海道経済の特徴を広くとらえながら、自社の経営と関連付けて社員と共に学ぶ事が大切だと思います。
以上、この3つの視点で話を進めていきたいと思います。
日本経済の構造転換
「構造の変化」を考える場合、古い構造、新しい構造の違いを正確にとらえることが重要です。1990年代は「失われた10年」とも言われていますが、この間に戦後日本経済は歴史的転換を遂げました。
かつての「発展の型」を考えてみますと、発展をもたらす2つのエンジンが存在していました。その1つは「輸出」です。日本国内で製造した輸出競争力の高いものが海外に大量に輸出される過程で、日本経済の底上げがはかられ、その勢いで「日本型経営」を世界に誇示することになりました。
2つ目のエンジンは「公共事業」です。1950年代は繊維産業、60年代は重厚長大型、70年代は家電・自動車などの輸出向け製造業が栄えますが、同時に公共事業の増加によって建設産業の売上高はGDPの2割という大きなシェアを占めるまでに成長しました。この成長が、輸出と直接結び付かない産業の基盤となり、経済成長の底支え的役割を果たしました。
ところが1990年代、この「発展の型」の骨格に変動が生じてしまいます。日本の巨大企業が海外に生産拠点を移し、「多国籍企業」に変貌を遂げた事が大きな要因の1つです。日本経団連はこの転換を「旧来は『メイド イン ジャパン(国内産)』だったが、今はメイド バイ ジャパンだ」と形容しました。なかなかうまい表現です。つまり、今では日本企業が生産したものであれば、産地は問わないという考え方に変化していったのです。
海外移転の1例を上げますと、中国に深圳という都市があります。今、日米等の企業が殺到している地域です。驚く事に、ここは30年ほど前までは1,000人に満たなかった都市ですが、経済特区に認定されてからは80年代に10万人になり、そして現在は600万人もの人口を抱えています。20年間にこれほど人口が伸びるという例は、歴史上初めてではないかと言われています。現在、食糧や繊維、ハイテク企業に至るまで外資系企業によって営まれ、人口の多くがそこで働いています。
ちなみに、日本企業が海外で雇っている労働者の数は、実に350万人に達しています。これは、日本の完全失業者よりも多い数字です。また、日本企業の海外での総売上高は約150兆円。これは、世界6位のイギリスの経済規模に匹敵します。経済規模世界第2位の日本が、日本企業の海外売上高だけでも世界6位の経済規模を誇るまでに成長した事は、確かに日本の経済力の強さを示す結果となりましたが、一方で、戦後からの輸出と公共事業をエンジンとした経済成長パターンが崩れ去ってしまったという事を示唆しているのです。
崩れ去る成長パターン
このように、わずか20年余りで日本経済の構造は大きく転換しました。企業側は、これにそって構造改革を要求することになります。経団連奥田会長のコトバを借りれば、「自分たちの体つきが変わったのだから、服を着替えなければならない」ということになるわけです。
ところで、何故、日本経済はかつてのように成長する事ができないのでしょうか。これまでは、輸出が伸びると企業体力が増して雇用が生まれ、それによって所得が増えて消費の底上げにつながり、結果としてよい地域ができるという一定のパターンが存在していました。そして、もしサイクルに狂いが生じた時は、巨額の公共投資で梃入れをしていたわけです。
ところが、今ではどうでしょう。大企業が稼いだお金のかなりの部分が、海外での工場建設や研究開発などの投資に回されているのです。つまり、国内に「回復の力」が還元されなくなってしまいました。ちなみにトヨタは、何と年間1兆円近い開発・設備投資予算を持っていますが、その4割ほどは国内ではなく海外投資にまわされる。産業の空洞化に拍車がかかり、中小企業にとってはこの上ないダメージとして響いています。
こういうことは、これからの中小企業は、大企業に依存しただけでは成り立たないという事を物語っています。やはり、自らの地域を舞台に足腰を強くし、お互いのネットワークを張り巡らせる事が欠かせません。
所得再分配構造の変貌
橋本政権時代から柱とされている「構造改革路線」は、地域や中小企業に強い圧力になって押し寄せてきました。経団連や経済同友会は「国内の高コスト構造の見直し」を方針に打ち出しましたが、これは「国内の所得再分配構造の転換」に関わる事態と言えます。
そこで、少し所得再分配の話に触れてみますと、戦後の再分配のパターンは、豊かな所から貧しい所に所得が再分配される「垂直的所得再分配」でした。しかし、多国籍企業化した大企業はこの構造を変える、という戦略をとっています。昨今、社会保障や年金問題が表面化する中、消費税のように国民みんなで税金を負担しようと、垂直的から「水平的再分配」の方向に動いているのが現状です。
また、「三位一体改革」でも大都市と地方への再分配について議論されています。例えば、教育については、今までは日本全国どこでも平等の教育を受ける事が保障されていましたが、今は違います。「大都市で集めた金を地方に回す事は断固としてやらない」という論理です。今後は地域によって教育レベルに差が生じる事態が現実として起ころうとしているのです。
北海道では「高速道路」がよく話題に上ります。国交省の大臣が「北海道の高速道路は車よりもヒグマが横切る数の方が多い」と言って問題になりました。公共事業が高いウエイトを占める北海道にとって大きな問題ですが、首都圏等からみて、「大都市で集めた金は地方の高速道路には回さない」という論理が強まっています。今後は、ますます強い地域のお金が弱い地域に回らなくなる事が予想されます。
産業・企業への影響
産業分野での新たな所得再分配も進められています。農業で言えば、「弱い農家を守る補助金は出さない、強い農家を鍛えるんだ」と急激に変わっていますし、財界でも「弱いものを守る事はしない」という強い姿勢を打ち出しています。
この動きは税制にも影響を与えるようになりました。ここで私が懸念しているのが「外形標準課税」の導入です。今年4月からスタートし、現時点では資本金1億円以上の企業が該当していますが、まさに現代の再分配を象徴する制度だと思います。かつて、43%だった法人税の税率は、約30%まで下がりました。ですが、これ以上下げると世界から強い非難を浴びてしまいます。
そこで、強い黒字企業には法人事業税の減税などの優遇措置を講じる代わりに、その穴埋めをしようと生まれたのが「外形標準課税」です。つまり、黒字・赤字に関係なく資本金や従業員数などの外枠部分に税金をかけようというのがこの税金。従来の考え方には全くなかった発想ですが、この根底には「強い企業に高い税金をかけていじめてはならない」という風潮があります。ならば「赤字企業にまで税金をかけていいのか?」という話になりますが、よく考えてみますと「弱い企業は速やかに市場から退出願いたい」という事を意図して、こういう税制が導入されたのです。
このように、構造改革によって生まれる新たな経営環境は、無残にも厳しい現実を中小企業に突き付けているのです。
賃金体系と成果主義
巨大企業にとっては国際競争力を高めるためにも「高コスト構造の見直し」は急務です。これに伴い、2つの方法を取り入れていますが、その一つは「雇用体系の見直し」です。固定費圧迫の要因であった正社員の数を減らし、負担が少ない派遣社員、パートタイマー、契約社員などの比率を上げる方針に切り替えています。結果として、働く男性の約30%、女性の52%が非正社員ですし、35歳以下のフリーターは実に500万人以上、引きこもりは100万人近くいると言われています。さらに、年収200万円以下、もしくは月収が約17万円しかもらえていない労働者が500万人近くいて増加傾向にあるのです。
2つ目の方法は、既に大企業の8割で取り組まれている「成果主義」の導入です。これは、社員個々の取組・成果を評価し、それによって給与が決まる仕組みですが、「一律の賃上げなどはしない」事から、旧来の労使関係が変貌し、賃上げ運動等を無意味にしました。
また、「成果主義で本当に人が育つのか」という問題があります。年功序列であれば先輩後輩の区別は明確で、上司が部下を育てるのが普通です。しかし、成果主義の下では、個々が能力を発揮するだけでも大変なのに「部下を教育する事は、自分のライバルを育成する事だ」ということになります。これでは、集団による協力・協調体制を崩し、企業の体力を失ってしまいます。最近の調査によると、少数精鋭体制による成果主義の取り組みに限界が生じたという事で、大企業は軌道修正をしつつあるそうです。しかし、国際的競争に組み込まれているのに、その流れを修正する事は容易ではありません。「分かっちゃいるけどやめられない」という状況が依然として続いているのです。
中小企業の経営者は、この変化を眺めながら、自社の経営を集団主義・成果主義のどちらにもっていくかを冷静に選択し、リーダーシップを発揮しなれければなりません。
中小企業経営者がとるべき具体的行動の提案
色々とお話してきましたが、より厳しい環境の中で、中小企業の経営者は実際に何をどうしなければならないのでしょうか。確実に言える事は、経済構造が変化している中、経営者も今までとは違う選択を迫られているという事です。
いくつか経営者が取るべき行動を問題提起させていただきます。その1つ目は「経営基盤の見直し」です。活発な輸出によって経済が成長し、その余波で地域経済が保たれるという時代は、残念ながら崩れ去りました。これからは、地域の力を掘り起こし、「地域循環型」に真剣に取り組む必要があると思います。
具体的には、地域住民が稼いだ所得を、地域内で循環する仕組みの構築です。私が住む大阪の吹田市という地域で以前に調査をしたのですが、所得のうち約6割が市内や市外のスーパー・商店等に落ちている。ですが、全国展開する大型店に回ってしまうと、ここでの売上の多くは中央に吸い上げられてしまうので望ましい「地域循環型」とは言えません。やはり、所得が外に漏れないよう、地域内で強固なネットワークを築く等の動きが欠かせません。
そして、行動の2つ目は、「外部に依存せず、地域の力を再結集する」事だと思います。以前、経済評論家の内橋克人さんが「1.食糧 2.社会サービス 3.エネルギーは地域内で自給するべきだ」と話していましたが、その通りだと思います。食糧自給率を上げる事は、世界的な食糧危機の備えや環境保全にもなりますし、食による「地域ブランド」創出は強い武器です。
また、社会サービスは人間の暮らしを支える基本です。思いやりの気持ちで相手と接し、個々のサービス水準を上げていく事で魅力ある地域創造につながります。
最後に、企業経営の鍵となる3つの言葉を紹介します。1つは、これからは、自社のオリジナリティがなければ生き残りは難しいと考えます。よって「固有性」または「伝統性」を経営者がどう認識するかが大切だと思います。2つ目は、「革新性」です。このような時だからこそ、新しいものにチャレンジする気概が求められます。経営者自らが、革新の気持ちで事業に挑んでいるかどうか、これまた重要です。そして最後は、「地域性」です。中小企業は地域に根ざし、地域の人々からの信頼を得る事が経営をより強固にし、将来への発展へとつながると思います。
以上、私の報告を終わらせていただきますが、これまで話してきた事を念頭に置いて分科会報告を聞き、討論に励んでいただきたいと思います。
(2004年11月4日 第23回全道経営者「共育」研究集会基調講演より 文責 事務局 境井)