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【50号】「常識」の壁を打ち破って ~困難を突破し、可能性を切り開く~

サンエース株式会社  社長 長岡 正三 氏(札幌)

 




情熱が人の心を動かす

 

 学校を出たあと、百貨店に勤務した私は、百貨店の仕事は殆どが「待ちの商売」であるということに気付きました。待ちの商売よりも、攻めの商売の方がむいていると考えて、バッグなどの革製品の問屋を始めることを決心しました。


 縁あってベルトと手袋の問屋をやっている大阪のサンエース(株)の深田社長と出会うことができました。札幌支店を出したいと考えていた深田社長の勧めと支援をえて、深田さんに会長にもなっていただき現在の会社を設立することになりました。


 男性七名、女性2名の素人集団のスタートです。社員は初年度から本当によく頑張ってくれました。ローラー作戦ということで、全社員が一日三十軒の専門店を飛び込みで訪問し、当社の商品や考え方を熱っぽく語り続けました。社員の熱意と誠意が伝わったのでしょう。初年度で専門店100社、道内の百貨店・量販店の7割と取引ができるようになりました。


 北見に、札幌では絶対に仕入れをしないという地元の有力専門店がありました。当社のセールスマンの一人が、その専門店の社長さんが上京のため夜行列車で札幌に向かうという話を聞き、「朝の五時半に札幌駅にお迎えに行き、9時までに千歳空港にお送りしますから、ぜひ当社にお立ち寄りいただき、商品をご覧になって下さい。」とお願いしたところ、何とかお寄りいただけることになりました。その方のご厚意に、真心でお応えしようと、朝の5時半すぎ社員総出でお迎えしました。「われわれの創業当初と同じような気持ちを持った会社だ」と驚かれ、商品を見ることもなく、お取引いただくことになったのです。「情熱と誠意が人の心を動かす」ことを学んだ出来事でした。

 

「常識」の壁をうち破る

 

 かつて、大阪のハンドバッグ問屋からの依頼で、大阪のサンエース㈱フィリピン工場が、売価1万円の牛革ハンドバッグ8,500本の生産を請け負いました。しかし、縫製が悪いなどのクレームがつき、すべてが返品されたことがありました。当社の深田会長から、「何とか札幌で販売してくれないだろうか」という依頼を受け、お世話になっていることもあり、8,500本のハンドバッグを引き取りました。原価の4,000円で卸し、5,000円で売っていただくよう札幌のある百貨店にお願いし、なんとか販売していただけることになりました。いざ店頭に並べてみると、予想に反して初日で百数十本も売れたわけです。他の百貨店でもよく売れ、何とか完売することができました。


 このことをきっかけに、当社でも本格的にハンドバッグを扱うことにいたしました。


 会長に相談すると、「本業の売上げが伸び悩んでいるから、アルバイト的にやってみようというのだったらやるな。やるなら1、2年で日本1になれ」と言われました。こんな夢みたいなことをどうしたら実現できるか、会長と一緒に考え、出した結論は、「異常に安く品質もよく、業界の常識を超える豊かなバリエーションのバッグ」を供給するということでした。


 1番の難問は、「異常に安い価格の実現」ということでした。調べてみると、海外で作られたバッグは、5、6社の商社や問屋を通して消費者の手元に届くという複雑な流通経路になっていました。これを省略し、直接海外の工場から買うことを考えたのです。


 オーストリッチ(ダチョウ)のバッグは、南アフリカが主産地ですから、東京の南アフリカ大使館に30工場ほど紹介してもらい、現地に飛びました。そこで、1工場に十種類各100本で1,000本、6工場に6,000本も注文してしまいました。普通は1工場に200本も注文すれば多いほうで、1,000本も注文するなど無茶だと言われました。素人だからできたのでしょう。


 同じようにして、イタリアや、は虫類のバッグの産地であるインドネシアの工場とも直接取引をすることができました。
 現在では、当社五階の150坪のショールームに、オーストリツチ、クロコダイル、カイマン、ヘビなど3,000本から4,000本のハンドバッグを陳列しています。これだけの量を常時展示している会社はないと思います。


 婦人ベルトをピークで4億円売っていましたが、今は4,000万円しか売れなくなりましたから、ハンドバッグをやっていなかったら今頃当社はなかったでしょう。偶然始めたこととはいえ、順調なうちに次の対応を考えることがいかに大切かを教えられました。

 

売り場はどこにでも

 

 私の姉が釧路で15坪の小さな布団店をやっております。「お前がハンドバッグを扱っているなら、一階の布団を全部2階に上げて、1階で売ってあげるよ」と姉に言われ、大して売れないだろうと思いながらバッグを送りました。ところが、3日間でなんと、1,000万円も売り上げたのです。専門店ですので、付き合いだとか、押し売りなどで強引に売りつけたと思っておりましたら、次にやってもまた1,000万円、年に三回で3,000万円も売るわけです。たくさんのチラシを配る百貨店や量販店もかないません。姉のところはたかだか700通の案内状を出しただけです。ただ、専門店というのは一生懸命です。たまたま私が行ってみると、「またハンドバッグをやっていますから、よろしくお願いします」と熱心に電話掛けをしているのです。


 百貨店のハンドバッグ売り場だけでなく、探せばいろんな売り場があるということです。


 今当社では、「ニュープロジェクト」というのをおこなっております。デフレ不況の中で、既存の顧客だけではなかなか売上げが伸びないので、新規の顧客を開拓していこうというものです。当社も2001年は、やっとのことで前年度の売上げを超えることができましたが、それもこの新規開拓があればこその結果でした。不況で物が売れない時代だからこそ、新規開拓の重要性が増しているのです。


 当社でも、ドンキホーテやビックカメラ等の安売り量販店、化粧品チェーン、家具専門店、ドラッグストアチェーンなど、これまではまったく考えられなかったような売り場も視野に入れて、全社的に新規開拓に取り組んでいるところです。

 

形あるものは必ず売れる

 

 それに加えて当社では、流通過程でどうしても出てしまう、格下げ商品や汚れ物なども売り先を見つけて、商品として復活させることもしております。例えば、展示用に使われ、汚れてしまった手袋やファッション的に売れない手袋でも、どこかに必ず、それを求め、使ってくれる人がいるのではないでしょうか。工場で作業する方、場合によっては網を引く漁師の方に使ってもらえるかもしれないのです。


 形ある物はそれが作られたとき、必ず売れると思って作られたのですから、その思いを大切にしなかければいけません。1億2,000万の人口のうち必ず誰か欲しいと思う人がいるはずなのです。どんな商品であっても大切に扱い、売り先を見つけてあげる努力をすることがもっとも重要です。


 このように、「この商品はどこに売ることができるだろう、どこにこの商品を求めている人がいるだろう」と考えることが、私にとっての最高の楽しみなのです。


(2001年5月22日 札幌支部中央西地区会での発表要旨。文責 塩地)

 


 

1976年設立、資本金1,000万円、
従業員16名、年商15億円。
婦人ベルト、手袋、バッグ卸売業。
婦人ベルトと手袋は全国一の売上げを誇る。
長岡氏は、大阪本社のサンエース(株)の専務取締役もされている。