【69号特集1】自社の目指す姿を危機突破の力に -コロナ禍で見えたもの、感じたこと-
2021年01月29日
自社の目指す姿を危機突破の力に
―コロナ禍で見えたもの、感じたこと―
(株)りんゆう観光 代表取締役社長 植田 拓史(札幌)
新型コロナウイルスの感染が広がる中、札幌藻岩山スキー場営業継続の判断を迫られ、思い悩んだ末に続ける決断をした植田社長。そこには「人と仕事が共に育つ」「社員と家族が共に手をつなぎ、豊かな人生を歩む」といった、自らが経営指針研究会で学び、つくりあげた確固たる経営理念があったからなのです。
当社は1959年に札幌林友観光として設立し、翌年には札幌藻岩山スキー場(市民スキー場で協議会形式の運営)のリフト営業をスタートさせ、今年で61期目を迎えました。
1967年には、層雲峡大雪山国立公園で「黒岳ロープウェイ・黒岳リフト」の事業を開始。それ以外にも登山のツアーや旅行事業、2017年からは上川町の温泉施設の委託運営事業も行っています。
経営理念と3つの「目指す姿」
私は2015年の年末から一年間かけて、札幌支部の第13期経営指針研究会で経営指針をつくりました。当時は父が社長で私は専務でしたが、ちょうど社長交代をする直前に研究会で学んだ経験が、事業承継後も非常に役に立ちました。
当社には昔から「よろこび ひろげる」というスローガンがあります。このスローガンに、自然と関わり観光を通して人によろこんでいただく仕事ということを自分なりに落とし込み、経営理念を成文化しました。
「わたしたちは北海道に根ざし、自然・人・文化がふれあう『自然にロー・インパクト、心にハイ・インパクト』な企業活動を通じて世界中の人々の、人生のよろこびをひろげます」。
この理念を補完する形で3つの「目指す姿」を掲げました。1つ目は「人と仕事が育つことで、社員と家族が共に手をつなぎ、豊かな人生を歩む会社を目指す」、2つ目は「お客様に『安全』と『よろこび』を提供し、笑顔をつなぎ世界平和に寄与する会社を目指す」、3つ目は「環境問題に果敢に取り組み、持続可能な社会を次世代につなぐ会社を目指す」です。新型コロナウイルス感染症(以下新型コロナ)の影響に直面したとき、3つの「目指す姿」に立ち戻ることができ、経営指針成文化の意義について身をもって再確認することができました。
「営業継続」の選択
今年の1月から、中国の武漢で新型コロナのニュースが頻繁に流れるようになった頃、藻岩山スキー場は雪の降り始めが遅かった割には外国人観光客が順調に入ってきていました。
ところが、1月27日に中国政府が団体での海外旅行を禁止するという通達を出した後、1日30~50人ほど受け入れていた外国人観光客が減りはじめ、2月の上旬にはゼロになりました。毎日刻々と状況が変わり、2月28日には北海道独自の「緊急事態宣言」が出されます。
当時は新型コロナに関する情報・知見が少なかったため、スキー場が危険なのか安全なのかを判断することができませんでした。札幌市の施設が次々と休業するなかで、当社も休業するか営業を続けるかの判断を迫られます。
アルバイトや季節労働者といった冬期間だけの雇用は当社でも増えています。2月末で休業して従業員を解雇し、出費を抑えようかと、私も本気で思い悩みました。
そんな時、「人と仕事が共に育つ」「社員と家族が共に手をつなぎ、豊かな人生を歩む」という「目指す姿」のフレーズをあらためて思い出しました。「これはいかん、ブレてはいけない。ここで放り出したら、いま働いてくれている人たちが路頭に迷い、二度と一緒に仕事ができなくなってしまう。できる限り営業を続けよう」と考え直しました。
藻岩山は市民スキー場であるため、3月初旬に行われた関係者会議で、可能な限り営業を続けていきたい旨を伝えました。他の関係者も継続しようという話をしてくれたため、予定していた最終日の3月31日まで営業を続けることができました。
また、未曽有の事態で不安が募っている社員に対し、雇用を維持したいということ、どこにも行けずストレスが溜まっている札幌市民にリフレッシュできる場を提供していきたいという思いを伝え、営業の継続を理解してもらいました。
実は3月単月の売り上げは前年より増加しました。営業を継続し、昨年より多くの人に利用してもらった結果です。本当に続けてよかったと思いましたし、休業せずに営業を継続した自分の判断に自信を持つことができました。
「自粛警察」との戦い
4月に入り、黒岳スキー場もゴールデンウィークまで営業を続けたいと私は考えていました。しかし、4月7日に東京を含めた7都府県で「緊急事態宣言」が出され、16日には全国に拡大しました。この頃、「自粛警察」という風潮が世間に広がります。例えば札幌ナンバーの車が室蘭に行ったところ、心ない貼り紙を貼られたとか、「すすきの」に行っただけで批判されるというものです。皆が気をつけているのに、少しでも逸脱する人を手加減なく叩くという「自粛警察」はいかがなものかと思っていましたが、ついに当社も巻き込まれることになってしまいます。
4月28日のことだったと記憶しています。連日、テレビで「ステイホーム」と報道されている最中、営業を続けていたあるスキー場に来た人が「こんなにたくさんの人が来ています」とSNSにアップしたため大炎上し、翌日そのスキー場は休業する事態に陥りました。
その翌日、当社の黒岳スキー場は営業を続けていましたが、社員から「社長、営業を止めてもいいですか」と電話が来ました。営業をストップした他社のスキー場の影響で当社に客が流れ込み、「札幌ナンバーの車も増えています。これで炎上したら私たちも説明できません」と、現場もナーバスになっていました。
層雲峡は人口約3700人の上川町にあり、札幌市に比べるとコミュニティーが狭く、もし感染者を出してしまったら、SNSで批判されたら…と考え、ゴールデンウィーク期間中はやむなく休業することにしました。
後で、道内のすべてのスキー場がゴールデンウィーク前にクローズし、知床エリアのホテルでも管内からのクレームにより、すべてのホテルがゴールデンウィーク期間中の営業を断念したという話を聞き、至る所で観光業が不自由な思いをしたことを知りました。
ファンを増やす新たな取り組み
新型コロナの影響で、外国人観光客がまったく来なくなり、道外からの観光客も戻ってこない中、新たに目を向けたのは道内の観光客です。
この間、当社が新たにおこなった取り組みのひとつがネットショップの開設です。以前はその場で入場券や乗車券を購入してもらうという発想しかなく、オンラインで商品を販売するということに無頓着でした。しかし、観光客が戻ってくることが見通せない中で、ゴールデンウィーク明けからの社員の仕事をつくっていかなければなりません。そこで、5月6日から6月21日までの期間、「グリーンシーズンパス」という商品を初めて販売しました。
これは夏期のロープウェイのシーズン券で、2回乗ったら元が取れるお得な価格設定にしています。また、社員全員で頭を悩ませながら、オリジナルTシャツをセットにして販売するアイディアも出されるなど、先行きが不透明な中でも社員は前向きに取り組んでくれました。
おそらく海外や道外の観光客の多くは、一生に一度ぐらいしか当社のロープウェイに乗らないでしょう。しかし、道内客の場合は何度も足を運んでくれる可能性とファンになってもらえるチャンスがあります。そこに着目し、シーズン券の販売や、「あわてずに、のぼろう」というメッセージ入りのTシャツを着て当社を応援してもらうという発想に行きつきました。
先に購入してもらうという取り組みは新しい体験で今後につながると思いますし、Tシャツも約700枚が売れたということは、応援してくれる人がそれだけ多くいるということです。
加えて夏場は、道内どこのキャンプ場に行っても非常に混み合うなど、アウトドア活動に対する評価が高まっていることも、自然を相手にしている当社にとってはプラス要素です。もう一度当社の強みを見直し、今後の手を打っていきたいと考えています。
初見で困難に立ち向かう
コロナ禍で気に入った言葉があります。それは「オンサイト能力」という言葉です。私は山登りをしますが、オンサイトとはクライミングをするときに初めて見たルートを一発で失敗しないで登り切るということ、つまり初見でクリアすることを言います。
新型コロナという初めての困難な局面に対して、過度に悲観することなく、しかし最悪の状況を想定しながら冷静に考え前向きに攻める。そして最後は直感に従って大胆に決断する。山を登ることも経営の判断をしていくことも同じことだと思います。
また、経営資源として、ヒト、モノ、カネといいますが、新型コロナの影響を受け、あらためて当社の基本的な考え方をまとめてみました。
「ヒト」については、社員の生活を守るということを第一に考え、可能な限り営業を継続する。休業補償をもらって休業するという選択肢もありますが、ロープウェイは一つの機械を動かすのに多くの人手が必要になります。一度止めてしまうと多くの人を休ませることになり、再度動かすにも多くの労力が必要になってきます。ですから、できるだけ新しい仕事をつくりながら、仕事を止めないということです。
「モノ」については、不自由な時代に観光が売るべきものを考える。お客様がその場に足を運んで体験してもらうという本質は変わりませんが、見せ方や売り方をどのように変えていくかを考えました。団体旅行がなかなか再開できていない中、当社は6月から登山のツアーを再開しています。これは野外で遊ぶということが受け入れられているからだと思います。そういったことをもう一度磨き直すチャンスになっています。
「カネ」については、厳しい状況ですが、今年度の売り上げが半減するという予測のもと、地域金融機関や日本政策金融公庫からの融資・借換えを活用し、助成金などを最大限利用しました。加えて、社内各部署から経費削減案を出してもらい、できることから随時取り組んでいます。
当社は歴史があり、多少の蓄えがあったことで今こうして経営をすることができています。しかし、新型コロナの収束は見えていませんし、落ち着いたとしても旅行業はもとの形には戻らないと思います。むしろこれから厳しくなると思っていますので、できることを行い、何としても事業を継続していく気持ちでいます。
(2020年8月27日「札幌支部東地区会8月例会」より 文責 中村涼平)
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