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同友会は、中小企業の繁栄と、そこで働く全ての人の幸せを願い、地域社会の発展のために活動しています。

人間的出会いとしての共同求人活動

 

北海道中小企業家同友会 専務理事 大久保 尚孝

     1994年1月7日 発行
     『21世紀型企業づくりをめざして
中小企業の経営課題 ―時代の流れ、体制固め、人育ての核心に迫る―』
より転載(役職は当時)

 

■まだ理解されていない中小企業

 中小企業が、日本経済の中で果している役割の大きさは、次第に理解されるようになりました。しかし、学窓を巣立つ若者たちが「すすんで就職したい」というところにはまだなっていません。毎年大勢の若者たちが中小企業にも入ってくるようになってはいますが「仕方がないから……」という想いを秘かに抱いていると思われます。


 同友会が行っている“合同企業説明会”は年を追う毎に全国的なひろがりをみせ、大学をはじめ各方面からひろく認められるようになりました。20数年の歴史をもつ北海道の場合は、マスコミにも大きく報道され、同友会の合同企業説明会が就職戦線の幕あけのような役割を果しています。知名度も、各学校の協力も申し分のない位十分なものです。毎年、150~200社が参加し、訪れる学生は8000~1万1000名にのぼっています。最近では求人パンフを見て、気の早い学生は春先から企業を訪れています。外見から見れば“買い手市場”の様相です。にもかかわらず、企業側が欲しいと思う学生はなかなか来てくれません。


 同友会の会員企業で、道内では名の知れた中堅企業でさえ、「今年は優秀な大卒男子を10名程採りたいと思って、八方手をつくし400余名の応募者があったけれど、採りたい人は断ってくるので、まずまずのところまで水準を下げてみた。それでも人材たり得る学生は10名も取れそうにない」とぼやいています。同友会は常づね大学当局に対して、「道内の人材を数多く北海道に残すうえからも、地元の中小企業に目を向けるように指導して欲しい」と、申し入れてきました。学校当局も、「同友会に加盟する企業の経営理念や、社員教育の姿勢などは十分に理解しているし、学生にも繰り返し伝えてある」と言ってくれるのです。だから合同企業説明会には大勢の学生が参加してくれます。それでも“採りたい人材”が少ないのです。


 企業が欲しい人材とはどんな人でしょうか。①さわやかで人間好き。②知的な好奇心をもち積極的である。③粘り強く、創意に富む。④頑張りがきく体力。⑤私生活をきちんと律することが出来る。わかりやすくまとめると大体こんなところです。とりわけ高望みをしているわけではないのですが、そんな学生がなかなかいません。大学側に聞いてみました。「私たちも困った現象だなーと思うんですが、魅力のある学生が年ごとに減っているように思います。共通一次試験が採りいれられて以降きわだってきたようです。学会なんかで教授たちが集るたびに、『自力で何でも出来る学生は10%がせいぜい』というところで意見が一致するんですよ。なんとかしなければとは思うんですが……」これは国立も私立も関係なく、異口同音に関係者が洩らす溜息のような答えなのです。


 中小企業に欲しい人がきてくれないという悩みは、裏返して見ると「いまの若者たちは社会の現実を具体的によく知らない」ということでもあり大いに問題です。また、先にあげた5つの条件をある程度満たすような学生は、結果として有名大学を良い成績で卒業して、本人が望むところへ、引く手あまたで就職してしまうということでもあるようです。大企業が血まなこになって“青田買い”をやっているのは、その数少ない人材をめぐる争奪戦なのです。中小企業が、仮りに青田買い戦線に参加して、“内々定”などしてみたところで、結局のところ大企業や国家公務員の人材吸収力には抗すべくもないという結果に終ります。


 人間を大切にして、真面目に経営をやって行きたいと思っている中小企業の経営者にとって、くやしい話ですが、若者の実態を知っておかないことには対策もたてられません。中小企業の人材育成の課題は、まず人材たり得る素質をもった人材をみつけるにはどうすべきか、という問題からかからなければなりません。

 

■戸惑う若者たち

 経済環境が厳しく、先の見通しも楽観出来ないことは、学生自身も分っているようです。さらに、気楽に過ごせるのも学生時代だけとも心得ています。それが、①よく寝て、②人並みに楽しみ、③就職に有利になるような単位の取り方をして、④楽しいクラブに入って、⑤すんなり卒業して、⑥安心なところに就職する、という思考になるのでしょう。


 しかし反面では、「本当に生きがいのあることなら命がけでやってみたい」というのも本音です。世の大人たちは、表面を見て、「いまの若者はクールになって物ごとにのめり込まない」と嘆いています。それは事実なんですが、のめり込むに値するものに出合わなかったのでそうなってしまったとも言えます。


 スポーツ系の部活動は「就職に有利」という評価が定着しているためか、各学校とも盛んですが、調査とか研究、創作を中心に活動するサークルは、伝統が消えつつあるようです。それに代って、あまり責任が伴わないで気軽に楽しめる同好会が、無数に出来ています。学校からも自治会からも制約を受けない、いわば仲良しグループです。気軽に楽しむことにメリットがあるわけで、一生懸命に頑張ったり、周りに積極的に呼びかけたりしません。気分によって生れ、なんとなく消え「誰にも迷惑をかけるわけではないので、それでいいじゃないの」というグループですから、それに参加していても組織活動の基本を身につけることにはなりません。しかし、就職試験を受けるときには「○○サークルに入って4年間頑張りました。いろいろな体験を積んで勉強になったと思います」などと利用する術は身につけています。


 なんとも気だるい感じですが、某大学教授が共通一次試験導入以後の学生について、「彼らはまるで、大学で余生を楽しむごとくである」と嘆いていました。この共通一次試験について、私が永井元文部大臣にお会いした際、その真意を聞いてみました。永井さんは、「私は、国立大学で学べる力を目途として基礎学力を調べ、一定のレベル以上であれば、学校の特色とか研究課題に応じて学生たち自身が選んで、大学を決めるようなものにしたかったのです。現状をみると、大学側の協力が得られなかった結果、失敗だったと考えます」とおっしゃっていました。共通一次制度をつくった当事者が失敗と認めているものが、依然として生き残っているというのですから、わが国の文部行政は摩訶不思議と言うべきです。中学、高校、大学へと進学する過程で、学力別にスライスして「お前はこの学校なら大丈夫」とか、「高望みをして後悔するな」などと、指導(?)する体制が、共通一次以降強まりました。高校から中学へ、灰色の世代が拡大し、“非行”問題がにわかに表面化しはじめました。


 いまの若者たちは、選別システムの中で感動を奪われ、諦めを強要され、大きな目標が見えず、人間になりきれないで戸惑っているといえます。キャンパスの中ではすることがないから講義に出る。受講していても特別面白くもないから、いねむり、おしゃべりで時間を潰す。教授が、「おしゃべりやいねむりがしたければ教室から出て行って遠慮なくやりなさい」と言っても出ていかない。全部の学生がそうだとはいわないまでも、どの大学も同じような状況にあるようです。


 経済状況が厳しいことは分っていても、具体的にわが事として捉えきれない若者たち。生きがいというものが、どんなものか実感としては分らない若者たち。そして、どこかに孤独な影をひきずって社会に出てくる若者たち。同友会は、そうした若者たちをよく理解して、働くことを通して生きるよろこびを味わって貰えるように迎え入れようと、共同求人活動に取組んできました。

 

■共同求人活動の教訓

 北海道が求人の草刈り場になって、地元の中小企業が人手不足で悩み、せっぱ詰った要求から取組んだ求人活動が全国にひろがって、同友会運動の大きな柱のひとつになりました。


 しかし、共同求人活動に取り組んで日の浅い同友会から次のような報告がありました。①どう手を打ってよいのか分からず、先進県のノウハウもキャッチできず、困った。②30社くらい参加する見込みだったが16社にとどまったため、働き手と予算に限りがあって思うように動けなかった。③新しく取り組む同友会のためにマニュアルを作って欲しい。④マスコミが高く評価して取り上げてくれたのには驚いた。⑤総じて事務局が事実上リーダー・シップをとってくれないとうまく推進出来ないことが分った。これは、新しく取組む場合にはどこもが経験したことでした。①北海道のように独立したテリトリーを持ち、地元にとどまりたいという若者が多い地域、②東京・大阪・名古屋・京都という大都市圏、③千葉・埼玉・滋賀のような大都市周辺圏、④その他東北・北陸・四国・九州のように大都市圏にあこがれ、昔から若者が流出する傾向にある地域、のどれかによって対応がちがって来るのです。


 次のような報告にも耳を傾ける必要があります。①新卒をとるだけの活動にとどめてはいけない。「安心して就職するため」にあてにされる同友会の共同求人活動にしたい。②苦しかったけれど、継続して取組んだ成果として「先輩から聞いて」と、説明会場にくる学生も現れた。③「100万円払ってマスコミ主催の求人に参加したが、さしたる成果はなかった。同友会の16万円はタダみたいなもの」と言ってくれる会員もいる。④もし町や村に魅力がないのであれば、まず魅力ある企業となる努力から始めなければならない。⑤共同求人活動は1、2年で成果の出るものではない。最低3年以上は、あきらめずに続ける必要がある。⑥参加企業の研修会を1泊で行い、いかに受け入れ育てるか、受け皿たりうる企業へとどう成長するかを勉強している。これらの報告は、同友会の共同求人活動は「会員の“人に関する要求や悩み”を共同して満たし、解決する」という考え方にたつべきだと訴え、継続して社会的信用に応えることの大切さを指摘し、求人を営利の手段にする姿勢を厳しく戒めているのです。


 その他、同友会として求人に取り組むうえで大切な意見が出されています。①大学でのガイダンスを頼まれるが、「就社ではなく、諸君自身の就職なんだ」と訴えるようにしている。②営利主義の求人誌に金をかけても、企業間の格差を拡大して学生に見せることになる。同友会はそうしたものと全く違って組織的な信用を得ることを重点に考えている。③各地へのUターン学生に対する“ふるさとセミナー”は学生にも、学校側にも好評なので引続き開催して行きたい。④目先のメリットだけで参加する企業もあって、「同友会らしく連帯して人材育成に責任をもつ」という同友会の求人理念から外れるおそれもある。著しく“共同の精神”を乱す企業は参加を辞退してもらう。等々、各地の苦労の末に、同友会の求人活動に対する基本的なありようともいうべき裏付けが、しっかりと固まってきました。

 

■基本は日常の同友会運動

 北海道同友会の求人活動は、広く道内に知れわたっていますが、そうなるためには、①5100をこえる会員がいる。②経営問題について幅広く活動している様子が、マスコミや口コミで絶えず伝えられている。③求人と教育問題について実践の蓄積がある会として、教育委員会、PTA・地域・学校などで主催される“教育講演会”などに私や役員の人たちが数多く講師に招かれるようになった。④支部所在の各自治体当局と常に連けいをとりながら、政策提言や商工・文教行政のアシストをやっている、といった具合に、同友会の日常活動があらゆる分野に理解され信頼されているからなのです。


 マスコミとて、単に物珍しいだけでは一回限りで相手にしてくれないでしょう。単純に「共同してやればうまく人が採れる」わけにはいかないし、学校訪問にしても、マスコミの協力を得るにしても、すべて母体である同友会運動の“質”と“量”が基本になるわけです。ノウハウの交流は大切ですが、全国共通の「これを読めばすぐ間に合う」マニュアルの作成がいかにむずかしいことかが分っていただけると思います。


 各地同友会の生いたち、その地域の特性、構成会員の意識や経験の差、等を十分考慮に入れて運動することが求められる同友会です。共同求人とて例外ではありません。「大学中心、それも理系を重点に」という声の強い大都市の同友会、「大卒なんて要らない、高卒の良質な人材が欲しい」という声が強い支部、という具合に各同友会の特殊事情が色濃くあらわれる活動なのです。


 人材に対する意欲や意識もずい分違います。それが費用についての考え方にあらわれ、「採れたらいくらでも支払う」という人さえいます。実際に進行する過程で「うちは採れそうもないから」と途中下車する会員が続出すれば、残った企業の負担はとてつもなく増え団結が揺らぎ重大問題に発展しかねません。これは、お金をとって具体的なメリットを追求する活動をする場合に、常につきまとう運動上のリスクです。どこの同友会でも、一度や二度はそうした経験を経て高い次元で“共同するマナーと知恵”を蓄積してきたのです。


 「せいては事を仕損じるし、やらなければいつまでたっても事態は変らない」これは何をするにしても共通の真理です。ここで私は、北海道同友会が50名足らずのとき論議し合ったことを思い出します。それは、「小さなこと、枝葉末節の問題なら多少動き出すのが遅くても何とかなる。しかし、大きくて、すぐ出来そうもない課題はすぐ取りかからねば取り返しがつかなくなる。なのに、すぐ出来ないのだからゆっくりやれば良いと考えるのが、中小企業の弱点だ」と確認したことです。北海道同友会は、表面に理論が出ないように気をつけています。でも、中心になって責任をもつ役員の間では、“原則”と“大局”を大事にした方針を決めるように心掛けました。


 ①会員の置かれている現状をしっかりと掌握して、②声なき声も十分に先取りして、きばらず、せかず、諦めずに重要課題に取り組み、③経費は極力きりつめて手づくり活動に徹する、④ハッタリは厳に謹しみ、成果も過大評価にならないよう慎重に反省を加える。⑤一人が重い責任を担うことを極力さける。これは、同友会運動のようにさまざまな人を結集する組織を運営する上で大切な心掛けだと思います。


 共同求人活動は、会内の要求と地域の要求との接点をしっかり確かめてかかる必要があります。早からず遅からず、成功の機運をつくることこそ大事な準備活動なのです。

 

■人間的出会いとしての求人活動

 同友会の共同求人活動については、第18回定時総会で赤石幹事長(当時)が報告の中で簡潔に述べられています。「同友会の求人活動は、単なる人集めではない。“全人格的教育活動の一環である”この主張がなされましてから久しくなりますが、同時に、共同求人活動を通して、受け皿としての自分の企業の組織としての質的向上も重要だという認識も深まっています」。さらに議案書の中では、求人活動の成果は次の5点に依拠して得られたのだと指摘しています。①教育的見地から“就職協定”の精神を尊重し、②大学(学校)との信頼関係を深め、③「就職ガイダンス」「産業セミナー」等、学生に正しい就職情報を提供する活動を強化し、④共同求人参加企業のすべての企業が能動的に活動することを重視し、⑤企業体質の近代化を進めながら実施してきた。まさにその通りなのです。


 同友会の共同求人活動は、いまでは一定の社会的地位を占め、信頼を得ています。だからこそ、基本理念を忘れることなく全面的にそれに応えていかなくてはなりません。そこで、改めて求人活動に対する同友会としての考え方、その目標ともいうべきものをもう一度まとめて確認したいと思います。


 第1に、同友会の求人活動は、中小企業が日本経済の中心的な担い手として、その社会的責務を果すために必要な“人材”を発見し、育成するための活動です。


 第2に、中小企業は、地域的な支えなしには存続出来ません。しかも、経営者も従業員も常時地域の住民として生活しています。従って、人間としての育ち合いの関係を地域に依拠してすすめなければならないとする、謙虚な考えにたつ活動です。


 第3に、選別され、感動を忘れ、大きなめあてがもてず、人間になりきれないでいる若者たちに、感動のある暮らしを保障し、人間として生きるよろこびを与えられる企業づくりをめざす活動です。


 第4に就職ということの意味を広く、深く、具体的に若者たちに理解して貰って、同友会に加盟する経営者と共に働く歴史的な意義を伝えていく活動です。


 第5に、学生、親、教師たちと共に、学ぶとは、働くとは、人間の暮しとは、という人間にとって重要な命題を粘り強く科学的に、人間の尊厳にかけて追求する活動です。


 中小企業の求人活動が、これ程大きな意味をもっていると自覚出来ているリクルート活動が他にもあるでしょうか。求人と教育が不可欠なものであると考えるのは、今となれば当り前かも知れません。しかし、経営・社会・哲学・歴史等のあらゆる側面から、全面的に若者に責任を持つ求人活動は、同友会をおいてない筈です。同友会が掲げる3つの目的、自主・民主・連帯を組織運営の命とする、そして何より中小企業の経営活動は、人間が人間として真に豊かに暮せる基礎づくりということになります。ですから当然企業の内外で人間を大事にするのです。と言ってもそれは、単純な甘やかしや馴れ合いなどではありません。同友会の3つの目的を個人に適用すると、①自分については自分で責任を持つ、②現代社会に求められる総合的な力を身につけるべく努力する、③まわりの人びとと共に力を合わせて多くの人の幸福をめざす。労使がこんな人間をめざして育ち合って行くのが、同友会の“共育”なのです。


 ずい分難しいことになりましたが、同友会運動というものは求人活動ひとつ取りあげても、これ程豊かな内容をもたせることが出来るのです。激動の中から生れ、激動と共に発展し続ける同友会運動に、若き働き手を迎え入れること、それが同友会の共同求人活動なのです。