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同友会は、中小企業の繁栄と、そこで働く全ての人の幸せを願い、地域社会の発展のために活動しています。

同友会における社員教育

 

中小企業家同友会全国協議会 社員共育委員長
北海道中小企業家同友会 専務理事
大久保 尚孝

 

1988年3月25日 発行
『共に育つ PartⅠ 教育のあるべき姿を求めて』より転載(役職は当時)

■はじめに

 日本経済において、中小企業が果している役割の大きさはいまさら述べる必要はありません。生産・流通の分野では50%~60%を占め、わが国の就業労働者の約80%が中小企業で働いています。中小企業をおいて日本の経済は保たれないし、国民の生活も成りたちません。ですから、中小企業の経営を守り、繁栄をめざすということは、国民生活の安定と向上をめざすということに直結しているわけです。また、中小企業の経営者が自企業の発展に努力することは、国民の負託に応える社会的な責務であるといえます。


 私ども「中小企業家同友会」はそうした全国民的な負託に応えるべく『3つの目的』を掲げて運動をすすめて参りました。その中心的な課題は「自主的に強靱な経営体質をつくる」ことです。そのためには『人材の確保と育成』が鍵となります。北海道からはじまった『共同求人活動』が全国各同友会にひろがり、『社員教育活動』と結合して、さまざまな形で発展しているのはそのあらわれです。


 中小企業の場合は、残念ながら経営基盤が脆弱ですから『人材』は容易に来てくれませんし、『教育』の機会にも恵まれません。また、当面の厳しい経営環境を切り抜けるために、「すぐ役立つ人材」や「儲けに直結するアイデア」を求めがちです。即効的に人材は得られないとは知りながら願望として求め続ける、これが偽らざる中小企業の現実です。


 厳しい現実の中で、私たちはいつまでも堂々めぐりをしているわけには参りません。「急がば廻れ」です。『人材』とは何か、『教育』とは何か、の原点をみつめ、同友会らしい企業内教育のありかたを探り、その解決の方向についての問題提起をしたいと思います。

 

■人材とは何か

 

 企業が求めている人材は企業に高い収益を安定してもたらしてくれる働き手です。しかし、それがどんな人物でも、どんな方法でも良いというわけではありません。企業人としての手腕力量が問われる前に、人間として社会的に信頼される人物であることが大切です。ながい同友会運動の検証を経て、私たちが考える望ましい人間像の5つの条件をあげてみましょう。


 第1に、周囲から信頼され、他人に思いやりがあり、リーダーシップがとれる人。
 第2に、仕事と人生との関わりをしっかりと自覚し仕事の中によろこびや生きがいを見出すことができる人。
 第3に物事を大局的な立場で本質的に判断でき、自主的・創造的に対応できる人。
 第4に、心身ともに健康で、私生活を自ら律していける人。
 第5に、人との触れ合いを大切にし、積極的な謙虚さをもってたえず成長をとげていく人。


 以上ですべてを言いつくしたとは思われませんが、基本的なポイントをあげてみました。ひとことで要約すると、「豊かな人間性に裏打ちされた知識と感性の持主で健康な人」ということになります。これは、長年の経営体験の中から経営者が従業員に求める人間像として集約されたものです。現代に生きる人間像ともいえるものです。売り上げを伸ばしたい、もっと利益をあげたい、だから良い人材が欲しい、という要求から出発していろいろ論議してつめた結果は、「まともな人間らしい人間がほしいのだ」ということに帰結したのです。修羅場をくぐり抜けるような厳しい経営環境の下では、あれこれの手法の前に「まず人間である」ことの大切さを確認したものです。

 

■教育の原点

 私たちは、人間としてのベースが不確かな社員たちに、あれこれの技術や技能を教え込んでみても、結果としては社会のためにも本人のためにもならないことを体験的に学びました。教育の原点は「まともな人間」を育てるところにあります。※『教育基本法』は、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」と、その前文に明記しています。そして第1条には、「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と、教育の目的を明らかにしています。教育基本法は、学校教育、家庭教育、社会教育、企業内教育など、『教育』と名のつくすべてのものの基本をさし示したいわば「教育に関する憲法」ともいうべき法律です。ですから前文には、「日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育を確立するため、この法律を制定する」と書いています。


 私たち経営者も憲法や教育基本法にたちかえって、教育の問題を考えなければならないということです。家庭も学校も、まともな人間を育てる機能を失ない、そのシワが中小企業によせられています。だからこそ、求める人材を自力で育てる運動に取り組まなければならなくなっています。


 政治的・経済的な不利に加えて、教育的な重荷をも背負わなければならない現実があります。でもそういう立場にあるからこそ本物の教育をよみがえらせる力をもっているともいえるのです。現情勢が私たち中小企業家に「新しい任務を負って頑張って欲しい」と要請しているのだという自負をもちたいと思います。

 

■社員教育の効果と限界

 

 社員教育の必要性は認めながら「規模が小さいから手がまわらない」「うちの社員に勉強しろと言ったって無理だ」などの声も聞かれます。また、「とりたてて教育などと騒ぎたてなくても、毎日の仕事を通じて体で覚えていくさ」と楽観的な現実論もあります。どれも本音だと思います。社員教育のもっとも具体的で効果のあるすすめ方は日常の仕事を通じて行うことです。それが基本だと思います。しかし、その教育には限界があります。どうしても、日常業務の範囲から抜けきれず、多面的に検討したり深く掘り下げることになりにくいからです。


 その欠点を補うために、外部から講師を招いて社員全員に話して貰う方法もかなりひろがってきました。何回か続けることによって社内全体に視点をかえてみつめることの大切さが理解されるようになります。この方法は、全社員がある程度関心をもち理解できる範囲で、という配慮が要求されます。そうでないと、聞いた後ディスカッションや質問が全員のものとして活きてこないからです。そうした配慮をしてもなお、満足する社員とそうでない社員がいることを念頭におく必要があります。


 外部で開催されるさまざまな講習会や研修会に社員を参加させる企業もふえてきました。本人の立場、経歴、関心に合わせて出席させることができますし、他社の人たちとの競い合いの雰囲気もあって効果があります。感想文とかレポートの提出を求めて参加しなかった社員にも知らせ、学習する意欲を育てるうえでも一定の効果が期待できます。なんと言っても、必要な人に必要なことを学んで貰うという点で確実な教育法と言えましょう。ただ、最近では営利を目的とする、あやしげな中身のないゼミも流行していますので、事前に十分な調査が求められます。


 社員教育の方法は、それぞれの企業に実情に応じて選択して組み合わせることが大切です。どのような方法を選ぶにせよ、⑴継続して粘り強く行うこと。⑵経営理念と人間としての生き甲斐とを結合して理解できるように考慮すること。⑶最終的には人格の完成をめざす自主的な学習意欲を引き出すこと。⑷経営者自身も常に学びつつ、社員にとっての良き師、アドバイザーとしての援助を怠らないこと、が社員教育をすすめて行く上で大切なポイントになります。

 

■自主的に学ぶ気風を

 

 人間は、自分が欲しいと思ったときは全力を傾注して手に入れようと努力します。ただやみくもに「勉強しろ、勉強が大切だ」と言われても、具体的に自分にどのような関わりがあるのかが解らなければ、本気で取り組むものではありません。押しつけが効くのは、自我が確立しない幼児期までで、それとても功罪半ばして良し悪しは判断し難いのです。


 企業内の教育は、人間としての誇りにかけて学びたい、学ぶのだ、という自覚と意欲を育てることに眼目をおくべきでしょう。最近は「教育力のある企業が生き残る」とよく言われます。それは、企業も人間も社会的な存在であり、激動する情勢にフレキシブルに対応できることが存続の条件であることなのだと思います。


 『激動の時代』といわれている現在の情勢が、歴史的な大転換期の到来を告げる前ぶれであるととらえるのか、単なる事象の多様化としてみるのかでは、その対応は全く異なってきます。私たちは前者だと考えています。だからこそ、その激動に対応できるだけの力を貯えておかなければならないと考えていますし、その必要性を訴えているのです。いわば、新しい時代の対応準備として学ぶことが要求されているからです。


 そういう意味からも、経営者が社内に学習の気風を育てることは歴史的な使命だと言えるわけです。

 

■同友会の社員教育

 

 私たちがいま取り組んでいる社員教育が「自分たちが欲しい『人材』を自分たちで育てる」という外に、もっと大きな社会的な意味をもっているのだということをご理解ねがいたいと思います。


 同友会の社員教育の理念は企業の内外に「共に育ち合う土壌をつくる」ところにあります。中小企業は地域の人々に支えられながら地域の人びとの暮しを支えています。


 地域社会から信頼される企業、信頼される経営者と従業員の集団にする、さらに、「人間が人間としてまともに生きたい」というまともな要求に立脚してそれを守り育てて行く、そういう関係をつくり上げて行きたいというのが同友会のねがいです。そのために努力をして行くというのが会員の決意でもあります。


 従って、同友会における社員教育は、たとえ技術・技能・マナーの教育であっても一貫して次のことを追求したいものです。


⑴ お互いに現代に生きる人間としてどう生きたらよいのか。
⑵ 現在の内外情勢はどのように変化しようとしているのか、何故なのか、どうすれば多くの人びとが望む方向に変えることが出来るのか。
⑶ 中小企業の地域社会に果している役割をしっかりと認識する。
⑷ 働くことと、生き甲斐との関係をつかんで、働きながら学ぶことの意味を知る。
⑸ 経営者と従業員が共に学び合いながら、高次元での労使の信頼関係・団結を確立する。

 

 以上のことを保障するところに、他の研修会と同友会が行う社員教育とのちがいがあるのです。そのためには、カリキュラム、講師陣、運営について『同友会らしい責任』をもつ必要があります。当然ながら、講師、受講者が、共に自主的、民主的に参加し、共に成果を得、その成果をひろく会内にひろめるように心掛けることも忘れてはなりません。第15回中同協総会の宣言は、同友会の求人と、とりわけ教育の問題を簡潔に表現しています。

 

 「国民の大多数が働いている中小企業は、これからの時代をになう人間を育てるための『たよれる学校』でもあります。その誇りと自覚をもって社会的責務を果すことにより中小企業の繁栄は約束されます。」というところに深い意味がこめられています。もう一度宣言の精神にたちかえり、共同求人と社員教育にいっそうの努力を続けて参りたいと思います。

 

※ここでの「教育基本法」は、1946年に制定された旧法です。この法律は、2006年に全面改定されました。