【わが人生わが経営 106】（株）五島軒　代表取締役社長　若山　直さん（７４）

2020年02月15日

函館の洋食文化形成　地場産食材メインに使用

　２０１９（平成３１）年に創業１４０周年の節目を迎えた五島軒。言わずと知れた函館市内の老舗中の老舗レストランです。「函館の洋食文化の形成に貢献してきたと自負できる」と話す４代目の若山直社長は、若い頃に自らもフランスでシェフとしての修行を積み、その時の経験や先代の教えを経営に生かしています。

　同社は１８７９（明治１２）年、若山社長の曽祖父・惣太郎氏がパン屋を開業したのが始まりです。同年、長崎県五島列島出身の武士で初代コック長となる五島英吉氏の協力を得て、ロシア料理やパン、ケーキを提供するレストランを開きました。

　１９３４（昭和９）年の函館大火による店舗焼失などの困難を乗り越えて、現在は函館市末広町の本店に加え、札幌市内やさいたま市内で洋食バルも展開しています。北斗市内では工場を２カ所構え、カレーの缶詰やレトルト、洋菓子などを製造。いつ、どこにいても変わらない味を楽しめます。

　若山さんは４５（昭和２０）年７月、函館市に生まれました。法政大学経済学部を卒業後、ドイツのフランクフルト大学で経済学を学びます。その後はフランスのヴィシー市に移り、市立のホテル学校「カヴィラム」が創設したばかりの調理学校コースに入学。若山家の習わしでフランス料理を学び、卒業後は市内の高級ホテルなどにコックとして勤務し腕を磨きました。

　温泉地の同市では、バカンスを利用して１カ月ほど滞在し、温泉水を飲んで療養するいわば〝湯治〟が盛ん。数多くのホテルが建ち並んでいます。「長期滞在者が多いため、毎日違う献立を考えなければならず、健康面への配慮も必要。でも、おいしくなければ食べてもらえません」と当時の苦労を振り返ります。切磋琢磨（せっさたくま）した結果、モロッコの王族からお墨付きをもらったこともあるといいます。

　帰国後は、五島軒に入社して専務取締役に就任。サービス部門の責任者を務めるなどし、経営の基礎を身につけました。「お客さまにはいろいろな方がいます。不合理な苦情も少なくありません。お客さまを見極め正しく対応するため、たくさんの方と関わり経験を養うことが大切です」と話します。

　社長就任は８５（昭和６０）年、４０歳の時でした。先代で父親の徳次郎氏（故人）から教えられた「手抜きをしない」を今も信条にしています。それは終戦後間もない頃の出来事です。五島軒の本店は在日米軍に接収されてしまいます。当時２０代後半の徳次郎氏は会社の存続をかけ、函館市から市民会館を借り受け、そこでカレーライスや魚のフライなどの総菜を販売する事業を始めました。

　料理は手抜きをせず、本店で出していたものと変わらない味・品質を心掛けました。アイスキャンディーなど新商品も作り、人気を博しました。「父は若かったが、多くの従業員の生活を背負っていました。相当な苦労だったと思います」。５０（昭和２５）年に米軍の接収が解除となり営業を再開。それまでの味を求めて多くの客が訪れ、会社は急成長しました。

　こうした過去を踏まえ、「食べた人全員がおいしいという料理は世の中にはないと思う。ただ、料理は人が身体で摂取するもの。流行に乗ってふざけたり、手抜きをしたりせず真面目に作ることが一番大切」と若山さんは従業員に説いています。材料調達では地域の農水産業への貢献を目指し、肉・魚、野菜や果物などは地場産のものをメインに使用。現在は１８歳で入社し、３０年の経験を積んだ女性のベテラン総料理長が腕を振るっています。

　こうした料理に対する姿勢が高く評価され、８９（平成元）年には当時の天皇・皇后両陛下（現上皇・上皇后両陛下）が来店されました。道産の鴨肉を使った名物の鴨カレーを召し上がり、五島軒の名前を全国に知らしめました。

　今後は高齢化社会を踏まえ、高齢者も食べやすい商品を開発する構想を掲げる若山さん。「自分の代では店舗を増やす考えはないが、お客さまに近い立場でアイデアをたくさん持っている若い世代に期待したい」とも話します。

　同友会には７７（昭和５２）年に入会。０３（平成１５）年から１６（平成２８）年まで函館支部副支部長を務め、現在は幹事として支部の活動を見守っています。また、「これからはスイーツを函館のもう一つの目玉にしよう」と、函館スイーツ推進協議会を立ち上げて代表を務めています。１９年に世界遺産への推薦候補に決まった北海道・北東北の縄文遺跡群にちなむ「縄文スイーツ」の確立と普及に力を注ぐ毎日です。