【55号】変えよう、育てよう北海道観光~本質を見せる、呼び込む、感動体験~
2007年01月01日
【パネラー】
(株)北海道録画センター 代表取締役 井下 佳和(旭川)
ワンドリームピクチャーズ(有) 代表取締役 今津 秀邦(旭川)
【コーディネーター】
旭川大学 経済学部 助教授 谷口 善雄 氏
コーディネーターから
谷口 井下、今津両氏の報告に入る前にこの「観光と地域づくり」の分科会の参加者全員の共通理解をひとつ作っておきたいと思います。
観光とは
まず、観光というものをどのように捉えれば良いのかですが、どういうものを観光と呼べるのかについては、次の3つの条件を満たす必要があると言われています。
1.楽しむことが目的である。
2.一時的なものである。
3.日常生活圏から離れる。
この3つの条件が満たされた場合に、その行動や現象は初めて「観光」と呼べるとされています。
厳密な言い方をすれば「日帰り観光」というのは間違いだともいえると思います。つまり日常生活圏を大きく越えていく旅行が観光なわけです。
活性化した地域とは
活性化した地域というものをどう捉えるかという点については様々な意見が存在するのが現状です。経済的に豊かな地域であったり、教育環境が充実した地域であったり、あるいは今回のテーマともなっている「観光」環境が充実した地域というように様々な見解が存在しますが、地域住民の立場から見たとき、私は以下の四つの要素に集約されると思っています。
1.今住んでいる方々がずっと住みたいと思う地域。
2.その地域で自己実現ができ、楽しくいきいきと暮らすことの出来る地域。
3.住みやすいという実感の持てる地域。
4.愛着を感じることの出来る地域。
例えば、過疎の村であっても、過疎を楽しみ、自己実現をしている方々は日本全国に沢山いらっしゃいます。そのような地域を私としては活性化した地域としてあげさせていただきたいと思います。
以上のように、「観光とはなんなのか」、「活性化した地域のイメージ」というものの共通認識を持っていただいた上で、早速パネリストの方々に報告をしていただきたいと思います。
井下佳和氏の報告
私は北海道録画センターを創業して今年で33年目に入ります。
テレビの報道番組の仕事に携り、自身も10年前まで現役のカメラマンとして飛び回ってきましたが、その中でいろいろと疑問が沸いてきました。
世の中には様々な情報がありますが、「この情報を誰が観て、誰がどう受け止めているのだろう。」という疑問が毎回残ったのです。それは、自分達が発信した情報が自らに跳ね返ってきたとき、正しくきっちりと把握出来るかということなのです。
そして「新しい形を求めていこう。」とテレビの報道という分野から全て撤退いたしました。
グリーンツーリズムへの挑戦
正しい情報の把握が出来ていない現状を打開するために、私は3年前に旭川の隣町の東川町に(有)アグリテックという会社を設立いたしました。
設立の目的は、「農業を元気にしたい、自分が1から農業を始めるということではなくて、自分に何か農業の手助けは出来ないか」という気持ちからでした。
特に旭川というところは、周辺を農村に囲まれており、その経済状況は、農村の収益悪化に影響を受ける構造であると経験から感じられたので、何とか旭川を元気にしたいという気持ちがありました。
アグリテックでは、農業と観光を結びつけ、都市と農村の交流いわゆる「グリーンツーリズム」を推進しています。
そのためにまずは農業を通して食の大切さを知り、農村への理解と関心を持ってもらおうと努力しています。
具体的には、昨年より修学旅行生の農業体験を実施しています。昨年の実施は2校だけでしたが、今年は10校に増えました。
修学旅行生の受け入れを実施してみて私自身が感動的だったのは、たった1泊、しかも受け入れに消極的であった農家の方が、生徒との別れ際に感動で号泣されていたことでした。いろんな感動を目の当りにしながら、私はこの活動をどうしても続けていきたいと思い、またこの活動が必ず農業の活性化に繋がるとの信念の元に活動しています。
「カムイミンタラの伝道師」
また、私は団塊の世代の人たちに素晴らしい土地、地域があることをどうしても伝えたいと考え、移住政策の勉強会などを通して移住促進活動を模索しておりました。
偶然にも素晴らしい同友会の5人のメンバーが集い、民間コンソーシアム「カムイミンタラの伝道師」を運営することとなりました。現在は団塊の世代ばかりではなく、旭川近郊や周辺地域の若年層にまで幅が広がっています。
移住体験の斡旋では様々なメニューを設けて提供しているわけですが、基本は地域の人たちと触れ合うということです。
実際に移住体験をされた方々のビデオをご覧いただきましたが、このご家族は2月に体験でいらしてから6月には既に移住してきました。現在は地域の人たちと完全に溶け込んで、移住してきて良かったと語っておられます。
中高生の修学旅行の体験は未来志向型の考え方です。自分たちが将来団塊の世代と呼ばれるようになった時にどこへ行こうかと思ったとき、中高生時代にしっかり体験し、感動した部分が実はしっかりと残っているのです。今中高生を対象に修学旅行の体験をさせるのはまさに未来を見据えた活動なのです。その子達が将来移住してくるかもしれないわけですから。
団塊の世代と中高生、その両方をターゲットにし、現在と未来を見据えながら活動を推進しているところです。
今津秀邦氏の報告
社名の由来
私の会社は元々写真屋です。現在はワンドリームピクチャーズ(有)と名乗っておりますが、旧社名はカラー工芸社といいました。写真が白黒からカラーに変わる時期で、カラー写真を普及させる意味合いでカラー工芸社と名づけたそうです。
二年ほど前に現在の社名に変更いたしましたが、ワンドリームという社名の由来は、私自身がとても欲張りな性格なために、色んなことをやりたいと思ってしまうのです。そして全てが中途半端になってしまいがちなものですから、自分によく言って聞かせる為に、目の前に出来ることはひとつしかないという意味で名づけました。
また、後ほども話の中に出てくるかと思いますが、私の最終的な夢は映画に係わることなのです。その夢を絶対に忘れないという意味合いも併せ持っています。
旭山動物園との関わり
私がこれからお話しする内容については、私の生い立ちを説明しませんと説得力がないと思われますので少し説明させていただきます。
私が小学校1年生の時に「ジョーズ」という映画を観に連れて行ってもらいました。当時、映画館は娯楽として非常に人気があり混んでいましたが、保育園児の弟と一緒に観に行き、その数年後には「キングコング」という映画を観ました。
この2つの映画に共通して言えるのが、人間より動物のほうが強いということなのです。そのイメージが今でも頭の中に強く残っているため、撮影時には「人間より動物のほうが強い」であるとか、「猛獣から見た人間は非常に弱い存在である」というイメージになるようにしています。このコンセプトがちょうど今の旭山動物園の小菅園長さんの基本コンセプトとうまく一致しまして、最近は私の好きな写真を選ばせていただけるようになりました。
私が初めて個展を開いたのが3年前です。そのころ旭山動物園はまだまだメジャーではなかったのです。
写真展をやることになったときに、動物園の写真展なんてと半分イメージだけで捉えている人達もいまして、最初は作品として観ていただけませんでした。
小樽で個展を開こうとしたときもなかなか良い返事は頂けませんでした。今は全く逆で、ここ2年で状況は劇的に変わりました。
お土産についてもそうですね。最初の2年半くらい園内でポストカードを売っていただいていたのですが、一カ所には断られました。ポストカードは12枚入りで1,000円と高めの金額設定で、当初「ポストカードはそれほど売れない」と言われました。
実際のところ、最初のゴールデンウィークには1日数セットほどしか売れませんでした。
今はその100倍ほど売れています。そのとき良かったと思ったことは、決して値段を下げなかったということです。ここでもし値段を下げてしまうと、同じことをしていても儲けは減るわけです。また値段を下げると言うことはどういうことかと考えたときに、自分の仕事について軽く見てしまうということがあると思います。
お客さんと言うのは、材料代は考えてくれるのですが、技術料のことは考えてくれないということなのです。これは皆さんにもお願いなのですが、安売りはなるべくしないでください。安売りをすると後輩が育たないのです。私がここで仕事の安売りをしてしまったら、安い値段が当たり前になっていきます。
極端な話ですが、自分の子供の時代にその職業が残っているかどうか疑問です。
この点については日々葛藤していますし、生意気だと思われるかも知れませんが、やはりここで、自分の職業、自分の能力を守るためには次に繋げなければならないし、利益を上げなければならないということなのです。職業を守るために、しっかりと個人の収入を確保しなければならないと僕は思っています。
観光客は何を感じているか
自分のお話が観光にどう繋がっていくのか甚だ疑問なのですが、観光客というのは、その地域に行ったときに何を覚えているかというと、自分もそうなのですが、その地域の空気のにおいというか、空だったり、朝起きたときの気温だったりと、意外とそういうものを覚えていたりするものです。それをきちんと伝えるのは何かというと、その観光地で働く人達、住んでいる人達の一生懸命さです。
旭山動物園が変わったのも、園長さんやスタッフの方が動物を良く知っていて、その本質を見せているに過ぎないのです。それが一番に観光客に受け入れられているのだと思います。
嘘はすぐにばれますし、やはり自分の本質を守り、本質を見せ、正直に努力することが大切だと考えています。
パネルディスカッション
谷口 井下さん、今津さん両氏に続けて報告していただきました。実は今お二人にお話いただいたグリーンツーリズムと移住、旭山動物園についてですが、北海道が抱えている観光の問題のかなりの部分が集約されていると思います。
大量消費型の観光とグリーンツーリズム
日本ではバブル崩壊以降の1980年代の終わり頃から、大量消費型の観光は衰退するのではないかという考え方が台頭し始めました。大量消費型の観光は、1960年代から延々と続いてきた観光のカタチです。当時の産業と同じ考え方ですね。サービスを大量に生産してそれを大量に消費することで、1サービスあたりの単価を下げることが出来る、という形での事業展開を多くの観光開発産業は行ってきたわけです。
大量消費型観光システムへの反省から、新しい観光の形を生み出そうとしている模索の結果のひとつが、グリーンツーリズムという考え方です。この新しい流れの前提は地域が持続していくということです。つまり、地域住民が観光地に住んでいる事に誇りを持てるような観光の形態を考えていこうという動きなのです。
そのような視点で、この旭川という地域のことも考えていく必要があると考えます。
北海道観光が抱えている問題点としては、グリーンツーリズムがなかなかメインストリーム(本流)になっていかない辛さがあり、それがまさに井下さんが報告していただいたところです。
では今後どのようにしていけば良いのかがこれからの課題となってきます。グリーンツーリズムを考える上で、大切なのは三つの利益のバランスであると言われています。
1.観光者の利益
2.環境の保全
3.地域文化と地域住民の暮らし
三つの利益のバランスが取れたときに、きっちりとした形でグリーンツーリズムが成立するであろうと言われています。
井下さんの取り組みについて考えてみると、3つの利益が絶妙にかみ合ったその先には、体験者の再訪や移住があるかもしれません。このようにグリーンツーリズムは、地域の価値を向上させる一環としても考えることが出来ると思います。
井下さん、活動をされている中で定住される方の数的状況はどうなっているのかご紹介いただけないでしょうか。
井下 昨年の9月から本格的に活動をいたしまして、現在までに8組の方々が旭川市、東川、東神楽に移住されております。その他、3年以内に移住をされる予定の方もいらっしゃいます。また東川には、流鏑馬というグループで牧場を運営する団体が移住を始めています。すでに2家族が移住を完了しており、来年の春から本格的に営業をされるということです。馬達(うまたつ)という会社も立上げ、つい1週間前からスタートをしています。
ですから8組23名が1市2町に移住してきているというのが現状です。
谷口 井下さん、ありがとうございました。さて、観光であれ下見であれ、訪れた方々が居住する場所として旭川や周辺が選択されつつあるというお話ですね。
三つの景観
私は、本州方面から見た観光における「北海道の売り」は2つしかないであろうと思っています。景観と食です。北海道の温泉地などは知らなくても雄大な景観はみんなが知っています。その景観は、大きく3つに分けることができます。自然景観、農業景観、都市景観です。
北海道の都市景観はそのほとんどが失敗しており、ある程度の成果を収めているのは小樽と函館くらいであろうと思います。他の都市ではどこに力をいれていけば良いのかを考えていくと、やはり自然景観と農業景観ということになってきます。特に農業景観は、グリーンツーリズムにおいては非常に大切な役割を担っています。単に食糧の生産基地としてだけではなく、憩える場所だということを私たちはアピールしていく必要があると思います。
北海道観光の入り口としての旭山動物園
さて、話を旭山動物園のほうに移させていただいて、今津さんに伺いたいのですが、旭山動物園への来園者数が増加していく中で、実際のお客様の動きが変化してきた実感というのは何かございますか。
今津 今は、全く別の場所に自分がいるような感じです。まず、来園される方々の層が以前とは全く違います。昔は子供と両親の割合が非常に多かったのですが、今はこれが動物園に来る人たちなのかなと思うような方々が多くいらっしゃいます。関西地方からのお客様も多いようです。
谷口 今津さんのお話では、来園している中心の層が変わってきているということでした。旭山動物園が造られた当初の考え方としては、市民に対する教育施設という意味合いがとても大きかったと思います。その意味合いが現在は変わってきているということです。子供たちよりもむしろ団体のツアーで来てくださる方々が多くなってきており、特に年齢層を見てみると団塊の世代の方からもう少し上の年代の方々が多くなってきているという側面があります。そうなってきますと、その方々に対して私たちは旭川圏、あるいは動物園のなにをアピールしていけば良いのかという点にも少し意識していく必要があるかと思われます。幸か不幸か旭山動物園は、現在旭川の玄関口となっており、旭山動物園での不満体験はそのまま旭川全体の不満体験になり、ひいては北海道全体の不満体験になるでしょう。逆に旭山動物園の満足体験はイコールで北海道の満足体験になるであろうということです。
私たちが考えていかなければいけないことは、北海道のファンを増やし、実際に体験してもらうということです。そのために入り口としての動物園ということについても考えておく必要があると思います。
観光客がもたらすもの
地域として観光者をどう捉えるかを論じる場合には、大きく分けて4つの見方があります。
1.観光者は経済効果をもたらす。
2.観光者は他所の情報を持ち込んでくれる。
3.観光者は地域の情報を持って帰ってくれる。
4.観光者は環境に変化を与えてくれる。
特に、今まであまり重視されてこなかった情報を持ち出してくれる観光者にいかにアプローチしていくかを考えながら行動するのも一つの考え方であろうと思います。
井下さんのアプローチは非常に正しいと本当に感じています。しかしながら、北海道全体のグリーンツーリズムというものを考えていく上では、なかなか厳しいのが現状です。そこで井下さんにもう一度お聞きしたいのですが、雄大な自然への感動の気持ちを萎えさせてしまうような構造物で代表的なものなど、グリーンツーリズム事業を展開されていてお気づきになられましたか?
井下 僕の感覚だけで言わせていただきますと、今非常に便利になっている半面、携帯電話の電波塔がとても目に付くようになってきました。
私たちは、「やれる人から、やれることを、今ここにあるもので」をグリーンツーリズムの基本テーマにして活動しています。
また、移住の件についてですが、北海道新聞の1月29日付の社説だったと記憶していますが、1,000人の移住が2,000人規模の工場誘致に匹敵すると同時に、その経済波及効果は、5,700億円に上るということでした。
まさに1,000人と言わずもっともっと来てもらえればと思っています。
谷口 ひとつの例として携帯電話の電波塔のお話をしていただきました。他にも私が見ていて思うのはブルーシートですね。
何故あの製品の色がブルーなのか私は知らないのですが、あの養生シートの色は全ての自然の色と合わないような気がしています。その他、色使いを無視した看板、電線なども景観を阻害する一因です。
一朝一夕でどうにかなる問題ではありませんが、やれることから始める事が大切であると思います。
いろいろと話が膨らんでまいりましたが、時間ですのでパネルディスカッションを終えたいと思います。ありがとうございました。