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【67号 特集1】ひつじに魅せられた羊飼いの挑戦

2019年01月01日

2001年に足寄町に新規就農。国内の羊肉自給率は1%未満という環境の中、羊肉やムートン、革製品の加工を手がけ、羊1頭を余すことなく商品化。2016年から地元のチーズ職人と共同で羊乳のチーズづくりをはじめました。「足寄らしさ」にこだわる石田氏の羊飼いとしての挑戦を追います。

 


 

石田めん羊牧場 代表 石田 直久(足寄)

 



 現在、足寄町には牛が約2万頭いますが、羊は日本全体で1万7000頭、道内には9000頭しかいません。中国には2憶200万頭、オーストラリアには7000万頭もの羊がいます。


 日本国内にも一時は100万頭近い羊がいましたが、戦時中は羊毛が軍服に多用され、その後はジンギスカンなどの食用として人気が出て消費が大幅に増えました。就農当時、国内に1万2000頭の羊がいましたが、国内自給率はわずか0・6%、羊を飼う新規就農者がいない状態でした。


 羊は30年程前から輸入関税が撤廃され、国の保護対象外となっています。牛や豚は家畜と定義されていますが、羊は「ペット」の扱いです。(現在は特養家畜と定義)日本の政策では「ペット」に予算をかけません。羊飼いとして生計を立てていた人は道内にわずか1名で、国の保護対象外のため、新規就農の補助などもありませんでした。


小屋はあったけど、家はなかった


 私は、山口県出身で帯広畜産大学を卒業しました。在学中は牧場経営をするなど考えてもいませんでしたが、2001年に羊飼いとして足寄で新規就農しました。「なぜ、羊なのか」とよく尋ねられますが、当時は畜産物のトレーサビリティの仕組みが確立されておらず、生産者は販売先を把握できませんでした。しかし、羊肉は農協が扱っていないため、直接レストランに持ち込みができます。お客様の声を直接聞ける究極のトレーサビリティが魅力的でした。


 足寄町は「放牧酪農の町」を宣言しており、新規就農をすぐに受け入れてくれました。しかし、素性もわからない若造は、地域の農業者や農協からはおいそれと受け入れてもらえず、銀行も融資してくれませんでした。お金もなく、人のつながりもありませんでしたが、ある人から「2haの土地を牧場用に貸そう」という申し出がありました。当時、大学で出会った滋賀県出身の女性と結婚し、間もなく子どもも生まれる予定でした。牧場用の土地は確保できましたが、家族で住む家がありません。途方に暮れる中、その土地の近所の方から「所有者が不明の小屋がある。改築すれば住むことができるかもしれない」との情報を得ました。


 6畳2間のその小屋は、長らく所有者がおらず、ボロボロの状態でした。トイレはついていましたが、川から水を引き、電気を通し、家と周囲を整備し、何とか人が住める状態にしました。山口県から私の両親が応援に駆けつけてくれましたが、母が掃除をしながら「こんなところに住まわせるために育ててきたのではない」と落胆し、涙を流すほどの小屋だったのです。しかも、妻は現場を見ていません。果たしてこの家に納得してくれるかどうか心配でした。


 いよいよ妻が家に来る日。荷物と共にトラックに乗っている妻を家の前で手を振り出迎えましたが、トラックはそのまま通り過ぎてしまいました。「小屋はあったけれど、家はなかったんだもの」。妻は、その小屋が自分たちの暮らす家だとは思わなかったのです。家を見た妻は、「こんな面白いところに住むの⁉」と大笑い。「この人と2人で羊飼いをスタートしよう!」と改めて心に決めた瞬間でした。この家には約3年半暮らしました。


 20頭の羊から牧場をスタートしましたが、7年間はアルバイト収入が中心で、日々の食べ物にも困るような暮らしでした。近隣の方々に支えられながら徐々に規模を拡大し、10年目頃から「羊飼い」として生計を立てることができるようになり、18年間で繁殖羊300頭、仔羊を含めると約600頭まで飼育頭数が増えました。


羊肉の王様―こだわりのサウスダウン種―


 食用の羊として知名度が高いのは、顔が黒く肉量が多い「サフォーク種」ですが、当牧場ではイギリス原産の「サウスダウン種」を中心に飼育しています。この品種は急激に数が減り、レア・シープ(希少種)に認定されています。体中が毛で覆われ、脚が短く寸胴体形ですが、大変愛くるしい表情をしています。肉用種の中でも「羊肉の王様」と呼ばれるほど、風味豊かで繊維も柔らかく、旨味は群を抜いており、「その味を知ると他の品種を飼えない」とまで言われています。個体が小さく肉量も少ない、飼育が難しい品種で、他品種と比べると利益はずっと低いのですが、この品種にこだわるのは「抜群においしい」。ただそれだけの理由です。


 サウスダウン種の親羊は、仔羊を生んだ瞬間に仔羊から逃げようとするため、親子関係ができ上がるまで注意深く見守る必要があります。


 純血種は日本で100頭程しかおらず、そのうち80頭が当牧場にいます。ほかに肉食に向いている「サフォーク種」、子育てしやすい「ポールドーセット種」、乳量の多い「フライスランド種」を飼育しており、「乳量もあり、子育ても上手」という羊を育てたいと考え、サウスダウン種と他の品種の羊をかけ合わせる飼育方法をとっています。


 例えば、サウスダウン種を4分の3、その他の品種を4分の1の割合でかけ合わせると、純血種にはならず、様々な特徴が出てきます。見た目だけでなく、味にも変化があるため、札幌の老舗レストランのシェフとお客様の感想・意見を聞きながら改良を加えています。当牧場では、サウスダウン種が少なくとも4分の3以上のオリジナルの羊肉にこだわり、品質にブレが生じないように生産し続けることを目標としています。


「命をいただく」ということ


 シェフとの会話の中で、ある日、羊肉の肉質に対して互いの印象がまったく違うことに気がつきました。私は“生きている羊”を見ていますが、シェフは“食材となった羊肉”に向き合います。肉質こそが最も大切ですから、「見ているものが違うのであれば、この印象の差は埋まらない」と感じ、就農8年目に加工場を設立し、自ら羊肉の味や色を確かめ、シェフの意見をより理解できるようになりました。


 加工場ができたため、様々な部位を商品化しています。特定危険部位として法律で禁止されている部位以外はすべて活用し、内臓類を使ったペットフードも人気です。


 羊は毛が生え変わらない生き物でしたが、人が羊毛を刈るために改良され、年に一度は毛を刈らないと毛の重さで死んでしまいます。多くの牧場が毛を産業廃棄物として処理しますが、当牧場では羊毛布団などに加工・販売しています。また屠畜時に出る皮は、ムートン、羊皮紙、革製品へ加工・販売しています。


 羊の出産シーズンは寝る時間もほとんどなく、体力的にも厳しいですが、「1頭でも死なせたくない。命を助けたい」という思いで接しています。しかし、人は最後に「命をいただく」のです。羊の肉も内臓も皮も無駄にしない。すべてを価値あるものに変え、生産物として命をつなげていくことを大切にしています。


 羊肉はラム肉が有名ですが、生後2カ月~3カ月以内の母乳のみで育った「ミルクラム」は絶品で、ヨーロッパでは高級食材とされています。羊の出産シーズンは毎年2月~5月で、春先にのみ提供していますが、「より美味しいミルクラムを生産し、シェフを唸らせたい」と考え、乳用種であるフライスランド種をミルクラム専用に導入することにしました。


羊乳チーズづくり


 ここで大きな問題に直面しました。仔羊を生後30日でミルクラムとして屠殺しても、母羊からは母乳が出ます。残った母乳(羊乳)の活用に悩み、かねてより親交があった「しあわせチーズ工房」の本間幸雄さんに羊乳を使ったチーズづくりを依頼することになりました。


 長野県出身の本間さんは、2015年に足寄で工房を立ち上げ、こだわりのチーズづくりに取り組んでいます。当社の羊乳を使ったチーズづくりも3年目を迎えましたが、羊乳は1頭の羊から1日わずか400㏄しか採れず、30頭分集めても、1日に12㎏程度です。羊乳は脂肪分が高く冷凍保存が可能なため、200㎏にまとまった段階でチーズづくりをお願いしています。


 依頼した当時、羊乳チーズに取り組んでいる工房は日本でわずか2カ所のみ。世界的にみるとイタリアやスペインが有名でしたが、それらのレシピをコピーするだけでは面白くありません。味がよいことはもちろんですが、「この地でしかできない」地域性にこだわったチーズづくりに取り組みました。


 1年目は香りも弱く、廃棄となるものが多く、2年目以降は、打ち合わせを重ね、チーズに適した羊乳生産に力を入れました。羊乳チーズは熟成保存が難しいのですが、本間さんがつくった20カ月熟成の羊乳チーズは、香りも豊かで東京のシェフからも評価されてきています。


 自分が生産したものを他の生産者に託すのは勇気がいります。それでも、地域の歴史や風景、生産者の思いを大切にしている本間さんであれば、「足寄にしかない羊乳チーズ」をつくってくれるだろうと信じることができたのです。


生産者と消費者をつなぐ
「あしおこし隊」の結成


 2014年、フードバレーとかち推進協議会(帯広市)による「十勝人チャレンジ支援事業」の採択を受け、フランス・スペインに2週間研修に行き、チーズの生産や羊の飼育方法などを調査研究してきました。そこで目にした農家と地域住民の関係性に、刺激を受けました。農家は地域住民と関わりたい、消費者である住民は生産者を応援したいという気持ちが強く、「ファンになり地産地消を応援しよう」という双方のつながりができていました。


 2016年3月、私たちも「生産者自らが生産物の魅力や情報を発信し、足寄の魅力を伝えたい」と、本間さんや地元の生産者らと共に足寄の「あし」を用いた「あしおこし隊」を結成しました。


 2017年、「あしおこし隊」は、フレンチ・イタリアンのシェフを招き、料理を提供する間に生産者が思いを語る「フルコースディナー食事会」を足寄で開催しました。また、札幌のフレンチレストラン「ラ・サンテ」の高橋毅シェフをお招きして「あしおこし隊」食材と足寄産食材を用いたフルコースランチを足寄中学校の3年生全員に提供しました。もちろんサービスは「あしおこし隊」のメンバーが行い、スライドなどを用いて生産物の説明を行いました。夏には羊肉やチーズ、牛肉などの地元食材を用意した「しあわせビアガーデン」を企画するなど、生産者と地域の消費者をつなぐ活動に力を入れています。


 シェフとの本音のやり取り、お客様からの声を直接聞くことができるのが、様々な縛りのない羊飼いの特権であり、苦難であり、幸せでもあります。これからも、「足寄ならではの羊飼い」として地域に根ざし、おいしい羊を生産し、人々をつないでいきたい。私たち家族の挑戦が続きます。


(2018年10月19日「第35回全道経営者“共育”研究集会inとかち」第16分科会より 文責 滝口由美)

 


 

■会社概要
設  立:2001年
従業員数:2名
事業内容:羊牧場の経営(ラム・マトン・ムートン・羊毛等の販売。シープドッグショー。毛刈り体験)