【67号 特集1】十勝から宇宙へ!夢への挑戦
2019年01月01日
十勝南部にある大樹町。宇宙産業の誘致に町を挙げて取り組み始めたのは30年前。様々な実験を誘致する中、2013年に民間ロケット開発の企業が立ち上がった。夢とロマンを乗せて挑戦する現場から学ぶ。
インターステラテクノロジズ㈱ 小林 伸光(大樹)
インターステラテクノロジズ㈱ 開発部部長 鈴木 恭兵(大樹)
大樹町役場 企画商工課長 航空宇宙推進室長 黒川 豊
報告1 小林 伸光
2005年、宇宙機エンジニア、科学ジャーナリスト、SF作家ら宇宙好きが集まり、民間の宇宙開発をめざす組織「なつのロケット団」を結成しました。これがインターステラテクノロジズ㈱(IST社)の原点です。
始まりはアパートの風呂場から
設立当初は実験設備などを持てず、東京都内に住むメンバー宅のアパートの風呂場でロケットエンジンの燃焼実験を繰り返していました。2006年には堀江貴文(当時ライブドア社長)が創業したSNS㈱(指紋認証システムズ㈱)の事業として、ロケットエンジンの開発に本格的に乗り出します。
その後、千葉県鴨川市に開発拠点を構え、2008年に第1号のロケットエンジン(30kgf (キログラムフォース)級=地球上で30㎏のものにかかる重力)の燃焼試験に成功しました。しかし、開発が進むにつれて音や衝撃が増し、より広いスペースの拠点が必要になります。
候補地はいくつかあがり、赤平市で民間ロケット開発に取り組む㈱植松電機を訪ねました。当初は私たちに対して「怪しい団体では?」と警戒している様子でしたが、植松努専務(現社長)に私たちが燃焼実験をしている映像を見せると、これからのロケット開発への協力にご了承いただきました。植松社長は「放っておくと大事故を起こし、自分たちの開発にも悪影響が出るから、しっかり監視をする必要があった」と当時の心境を語られています。
植松電機でアドバイスを受けながら技術を吸収し、大型ロケットエンジン(100kgf 級)の開発、打ち上げ試験に成功することができました。
2011年3月に最初のデモンストレーション打ち上げ機「はるいちばん」を飛ばし、打ち上げに成功。その後、2013年にSNS社のロケット開発事業を継承する形で、宇宙開発を専業とするインターステラテクノロジズ㈱を大樹町に設立しました。
大樹町はもともとJAXA(宇宙航空研究開発機構)などの実験施設があり、行政・住民をはじめ宇宙産業に対する理解が深い町です。また、南東に海が面しているため、地球の自転の力を利用する東方向、極軌道(人工衛星がとる軌道の一つ。地球の両極上空を通る、赤道に対して直角の軌道のこと)に衛星を投入する南方向の打ち上げに大樹町は適しているのです。
ロケット界のスーパーカブ
私たちが宇宙事業でめざすところは、地球から宇宙にモノを運ぶ輸送ビジネスです。今開発しているのは、地球から高度100㎞の宇宙空間にまで到達し、地球上に戻ってくる観測ロケット「MOMO」と、高度500㎞程度の地球周回軌道に投入する軌道投入ロケット「ZERO」です。私たちの最終目標は、「ZERO」を打ち上げることです。そのために、「MOMO」を開発しながら研究、開発を進めています。
政府が国家プロジェクトでロケットをつくる場合、高価格・高性能の部品を使って製作するのが主流です。しかし私たちがつくるロケットは、安価で手に入りやすい民生品を用いて開発しています。燃料はエタノールと液体酸素を使用しています。使い勝手がよく、実用化しやすいメリットがあります。必要以上の性能は求めず、コストを大幅に抑え、民間需要に応えられるロケットをつくるのが私たちの本当の目的です。
国がつくるロケットをスーパーカーとするならば、私たちがつくるロケットはスーパーカブ。“誰もが気軽に宇宙に行ける未来”をめざして宇宙開発に挑んでいます。
報告2 鈴木 恭兵
当社が使用している実験場は、本社から車で20分程の場所にあります。もともと、防衛省が哨戒機のエンジン技術実験に使っていた場所を大樹町から借り、ロケットエンジンの燃焼実験を行っています。実験場の周辺は湿地帯となっていますので、ジェットエンジンの衝撃音がしても周りに影響がない場所となっています。
この実験場では東京大学との共同研究やJAXAからの委託開発、経済産業省からの研究開発委託も行っています。最初の頃は設備に使うお金がなく、実験場にある建屋や打ち上げ台は自分たちの手でつくりました。
大樹町から宇宙へ
私たちはできる限り低コストでロケットを開発しています。一般的にロケットの開発には100億円程度かかると言われています。しかし、私たちは数億円から数十億円で打ち上げられるロケットを開発しています。現在は、試作機1機あたり3000万円~4000万円かかっている状況で、投資家からの出資やクラウドファンディングで開発費用を捻出しています。
現在は、燃焼実験をする施設を新たに建設中です。また、軌道投入ロケットの射場設備を建設する計画を立てています。実験場の工事が重なり、打ち上げ実験がなかなか進まない状況ですが、今は「MOMO3号機」の打ち上げに向けて準備を進めているところです。北海道大樹町からロケットを打ち上げられるよう、頑張りたいと思っています。
報告3 黒川 豊
大樹町は人口約5600人の小さな町です。基幹産業は畑作と酪農を中心とした農業で、町内にある雪印メグミルク工場でカマンベールチーズやストリングチーズを製造しています。大樹に海があることはあまり知られていませんが、ししゃも、秋鮭、毛ガニやホッキ貝などの漁業も行われています。
宇宙を活かしたまちづくり
大樹町が宇宙に関する取り組みを始めたのは、1984年です。北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)が太平洋沿岸に航空宇宙産業基地の開発を提案したのがきっかけです。その3年後、北海道の長期総合計画戦略プロジェクトで「北海道航空宇宙産業基地構想」が発表され、いち早く手を挙げました。
大樹町は晴天が多く、風が弱く、雷が少ない天候と平坦な地形が続く土地があり、全長1000mの滑走路、47haの多目的航空公園などの施設も充実しています。さらに行政、漁協、住民をはじめ、地域ぐるみで「宇宙のまちづくり」に対する理解・協力・関心が高い町です。航空宇宙産業の開発を進めるには、世界有数の恵まれた立地条件と、バックアップする環境を備えている町と言えます。こうした理由から、大樹町は積極的に企業や実験の受け入れを行っています。
2004年にJAXA格納庫、飛行管制塔、気象観測設備が整備され、2008年にJAXA連携協力協定を締結。岩手県大船渡市の三陸大気球観測所において実施してきた大気球実験を、大樹航空宇宙実験場にて実施することになりました。同年、「宇宙基本法」が制定され、研究開発中心だった宇宙開発利用を、産業振興、安全保障、研究開発の3つを柱として推進することが決まりました。
この法律により日本も宇宙ビジネスが活発になり、大樹町でも様々な宇宙実験が行われるようになります。
IST社の設立、民間の宇宙実験も活発になり、大樹町に見学者や観光客が多く訪れるようになりました。そこで、2016年に「宇宙交流センターSORA」をオープンしました。大樹町で行われた実験に関する展示や、1学級40人ほどの子どもたちが、モデルロケットなどの製作体験に参加しています。
宇宙をもっと身近に
大樹町では現在、「多目的航空公園」にある既存の滑走路(1000m)を、4000mに延長し、あらゆる宇宙機・航空機の離着陸場、実験場とする「北海道スペースポート計画(航空宇宙多目的飛行センター)」を進めています。加えて中小型ロケットの打ち上げ場、体験・参加型の宇宙開発観光施設の設置も計画しています。
2017年6月には、日本政策投資銀行と北海道経済連合会が、大樹町にロケット打ち上げ射場が整備されると、その経済効果は年間267億円になると予測しています。北海道新幹線が約200億円ですので、それ以上の効果が見込まれています。
これまでの取り組みを基礎に宇宙インフラを整備し、官民一体となったまちづくりにつなげていきたいと考えています。
(2018年10月19日「第35回全道経営者“共育”研究集会inとかち」第19分科会より 文責 太田秀吉)
インターステラテクノロジズ(株)
■会社概要
設 立:2013年
資 本 金:3,985万円
従業員数:20名(うちパート・アルバイト6名)
事業内容:ロケット開発