【67号 特集2】“基本の徹底”で辿り着いた、東北№1ベーカリー ー同友会で何を学び、どのように企業経営に生かすのかー
2019年01月01日
パンセは、宮城県内で郊外型路面店を中心にベーカリー11店舗と洋菓子・カフェをそれぞれ1店舗ずつ展開している“地域のパン屋さん”です。経営指針を軸に、社員と共にテナント店からの業態転換を乗り越えた菊地社長。基本の徹底は社員のみならず、職場体験実習に来た中学生にまで浸透し、企業理念はパンやサービスを通じてお客様に届けられています。
㈱パンセ 代表取締役 菊地 肇(宮城)
私は大学卒業後、地元のスーパーに入社し、主に仕入れ部門に従事していました。40歳になった時、スーパー以外の世界でも働いてみたいと思い、18年間働いていた会社を辞める決意をしました。
当時、小・中学生の子どもがおり、次の仕事の当てもない無謀な選択でしたが、退職から2週間程経った頃、大学の先輩に「協力工場からパンを仕入れ、宅配するという仕事をしてみないか」と声をかけていただきました。前職ではパンの製造にはまったく関わっていませんでしたが、販売ならできます。1989年、私はグルメライフ販売㈱というパンの宅配事業を2人の社員と共に始めました。
その翌年、今度は問屋さんから「2店舗、居抜きで経営してもらえないか」というお話をいただきました。前職を活かすなら、宅配より店舗事業の方が私には合っています。パン職人も居抜きでよいとのことでしたので、当時1300万円で譲渡を受けました。資金は、銀行からそのまま1300万円の融資を金利8・3%で借り、インストアベーカリーをスタートさせました。
1993年には、県の生協さんから「新規出店するからテナントで入ってほしい」と声をかけられ、職人の手を借りず、冷凍生地を仕入れてパンにする「ベイクオフ」という製法で出店しました。その後、生協8店舗、大型店7店舗と相次いで声をかけていただき、インストアベーカリー18店舗とパンの宅配で事業を拡大、順調に業績も伸ばしていきました。
次の一手
こうして右肩上がりだった売上高が2001年、初めて前年を割りました。それは、当社が出店しているスーパーの周りに、新規のスーパーが増えたことが原因でした。当然、集客力は落ち、併設している当社のインストアベーカリーも業績、客数共に下がっていきました。
私は1993年11月に同友会に入会、翌年5月には「第4期経営指針を創る会」を修了しました。「創る会」を修了したときに、①黒字経営…事業を続ける。②公私混同しない…現金には触らず、経理社員に任せる。③経営の透明性…できるだけガラス張りに、情報は共有していく。という3点を決意しました。
2004年に経営労働委員長になり、最初に担当したのが「第15期経営指針を創る会」です。宮城同友会では1講目から6講目まで各2日間ずつ、合計12日間で経営指針をつくります。1・2講目は経営理念を作成、3・4講目は経営方針、第5講で経営計画、最後の第6講で発表というカリキュラムでした。ところが、3講目が終わっても経営理念の作成が進みません。そこで、理念の前に10年ビジョンを受講生に考えてもらうことにし、「自社の10年ビジョンを次回、第4講までに考えてきてください」という宿題を出しました。
受講生に出した宿題ですが、私自身、当社の10年後は果たしてどうなっているのだろうかと思いを馳せました。売り上げは少しずつ下がってきています。10年後、当社は存続できているのか、現状よりも少しはマシな状況になっているのかと考えあぐねた時に、関東圏の郊外型路面店・繁盛店が載っている業界紙の記事を見つけました。すぐに幹部社員2人を連れ、東京、千葉、茨城、神奈川の郊外型路面店で繁盛していた10店舗程の視察に行きました。
そこで私たちが目にした光景は、お客様がパンを買うために行列を成している姿でした。店内には焼きたてのパンが豊富にそろっています。応対する社員の方も皆、生き生きと笑顔で働いています。「当社もこんな店にできないものか。ぜひともやってみたいものだ!」と考えました。
視察から1週間後の店長会議で、繁盛店で撮影したスナップ写真を見せながら、「我が社は今後、インストアベーカリーから郊外型路面店に業態転換をしていく」と話しました。奇しくも、「第15期経営指針を創る会」受講生への課題とした「10年ビジョン」が、当社の第二創業への大きなきっかけとなったのです。
郊外型路面店の初期投資は、1億円から1億5000万円かかります。当時、私の年齢は57歳でした。心配した人たちから、「60歳近くになって、なぜ今さら始めるのか」、「郊外型路面店は、人口の多い関東だから成り立つのではないか」、「どうしてもやりたいのなら小さな店舗からやったらどうか」など、いろいろと助言をいただきました。しかし、経営理念に沿った会社にしたいという一心で、業態転換に踏み切りました。
第二創業
当社の経営理念は次の3点です。
一、私たちは食文化向上の担い手としておいしさ、新鮮、健康を提供し社会に貢献します。
一、私たちは清潔で明るく働きがいのある会社を目指します。
一、私たちは常にお客様を大切にし、プロ集団として技術の研鑚に努めます。
経営理念を作成した当時は、協力工場がつくったパンを宅配するという事業内容でしたので、「おいしさ」や「新鮮」には程遠いものでした。インストアベーカリーになっても本当に働きがいのある会社になっているのか、お客様を大切にし、プロ集団として技術の研さんに努めているのかと考えると、この理念は私にとっては重く大きな負担でした。ただ、経営理念があったからこそ、郊外型路面店への業態転換に踏み切れたのだと思います。
郊外型路面店の第1号店は、2005年6月、仙台市泉区南中山になりました。開店前日には折込みチラシ3万枚を地域に入れました。今までの、スーパーでの買い物のついでにパンを買っていただくというスタイルから、自分の力でお客様を呼ぶ形へ変わり、不安な面もありましたが、朝7時のオープン直後に商品が品切れとなり、10時に一度店を閉め、午後2時にもう一度開け、またすぐに商品がなくなるという初日でした。その日の売り上げは90万円。これなら何とかやっていけます。
この年から2008年4月までの3年間に、郊外型路面店を5店舗オープンさせました。2016年にオープンさせた9号店は、ベーカリーのほか、お菓子とカフェが併設した店舗です。もともと雑木林だった土地で、車も少なく、少しでもこの地域に賑わいと灯をと考え、屋根の張り出し部分にページェント(イルミネーション)を作りました。
インストアベーカリーの撤退は、郊外型路面店オープンより前の2005年2月から始め、2009年に最後の1店舗を撤退させました。宅配事業は一緒にやっていた社員に譲り、2008年6月1日、グルメライフ販売㈱から㈱パンセに社名を変更しました。パンセはフランス語で、「気高い」「崇高な」という意味です。創業当時から残ったのは理念と社員だけで、本社も移転しました。ほぼ全面的に変わったのです。
商品やサービスは理念をのせる器
当社には、経営理念と共に大事にしていきたい「経営基本大方針」と「経営基本4原則」があります。
「経営基本大方針」は、「時を守り 場を清め 礼を正す」です。「時を守り」は、時間、期限、約束を守ろうということです。「場を清め」は、パンの製造販売を行うわけですから当然、お客様の健康と生命に関わる重要な項目です。整理、整頓、清掃、清潔、しつけの5Sを徹底して行っています。「礼を正す」は、挨拶、返事をしっかりとやれる、当たり前のことを当たり前にできる社会人になっていこうということです。
「経営基本4原則」は、まず「品質」です。まるいパンはまぁるく作る。白いパンは白く焼く。あんこが50gだったら常に50gです。2点目は「品揃え」です。いつ来ても欲しいパンがある売り場づくり。商品構成という意味合いもありますが、売れ筋商品の欠品はないようにしよう、ということも含まれています。3点目は「フレンドリーサービス」です。笑顔の接客、3たて(焼きたて、揚げたて、作りたて)の徹底です。最後は「クリンリネス」。清潔感のある身だしなみ、きれいな売り場、整理整頓です。私たちは、朝でも昼でも、晴れでも雨でもいつでも、パートさんでも正社員でも誰でも、どんなお客様に対しても常にこの4原則を徹底して行っています。
また当社では、「商品やサービスは理念をのせる器である」と考えています。単に経営理念を唱えるだけではなく、お客様に商品や従業員、サービスを通して経営理念を感じていただけて初めて、浸透していると言えるからです。パンセの“共育ち”ということでは、全社員が広く社会で通用する人財になるために、基本大方針に則り「社員共育」に取り組んでいます。たとえパンセを辞めても、他社で十分通用する人間に育てていきたいという目的があるからです。
職場体験―生徒たちに何を
学んでもらうのか
当社では、中学生の職場体験を年間約60名受け入れています。先日、お客様から次のような匿名のメールをいただきました。
『ある店舗の前でジャージ姿の中学生が草取りをしている姿を目にしました。聞いてみると「職場体験」とのこと。パンセの仕事は草取りがメインなのですか。未来ある中学生の芽をつぶすようなことをしているのではないのですか。かなり失望しました』という内容でした。
私は各店にこのメールを転送する際、こんな言葉を添えて送信しました。
『こういったメールをお客様からいただきましたが、臆することなく、職場体験の中学生には草取りをさせてください。トイレ掃除をさせてください。駐車場の掃除をさせてください。当社の方針はそういうことなのです。これは、中学生にとってもおそらく非常に有意義な職場体験になると確信しています』。
当社では、職場体験に来る中学生たちには、パンの生地を触らせるよりも、時間に遅れないで来ること、元気な挨拶をすること、掃除をすることの方が大切なのではないかと考えています。
職場体験を依頼された際、中学校にはこのパンセの方針を必ず伝えます。それで断られるのであれば仕方がありません。納得していただけないのであれば職場体験を受け入れることはできませんし、中学生が実習に来たら、「この方針をしっかりと伝えなさい」と各店長には言っています。実習後、この中学校の生徒さんからお手紙をいただきました。
『今回の職場体験でわかったことがあります。それは、お店では表で働く人たちの後ろには陰でコツコツがんばっている人がいるということ、それでお店が成り立っているということです。本当は少し、草取りの仕事や掃除に疑問を持っていました。ですが最後の店長さんの言葉で納得しました。このような裏方の仕事は誰もが通る道なのだと思いました。確かに裏方を行う人がいないとお店の印象が悪くなってしまうと思います。このような細かい配慮を経たパンは、とてもおいしかったです。これからもおいしいパンをつくり続けてがんばってください。本当にありがとうございました』
わかっていただけたのだな、と思いました。嬉しかったです。
社員は誇り―彼らの人生を
応援する企業へ
2011年3月11日、東日本大震災当日、スーパーもコンビニも空いていない。そんな中で、当社は何とかあるだけの原料でお客様にパンを提供させていただきました。問屋さんもメーカーさんも被災しているところが非常に多く、我々で問屋さんまで原料を取りに行ったりしました。水道・ガス・電気のライフラインが通った店から順次、現場の店長の判断で、オープンさせていきました。
幸いにして、被災した店もなく、従業員にも死者は出ませんでしたが、自分の家が被災しているにも関わらず、泊まり込んでパンを焼き続けた社員。ガソリンがなかなか手に入らず、片道3時間半かけて自転車で店に来た社員。1時間半かけて徒歩で来た社員もいました。
多くのお客様から「こんな時に、焼きたてのパンが食べられる。本当にありがとう。本当に助かったわ。頑張ってね」と喜びの言葉と励ましを頂きました。この時ほど、頑張ってくれた社員とベーカリーの仕事を誇りに感じたことはありません。
これからのパンセは、社員の人生を応援する企業として、社員の満足度を高める会社にしていきたいと考えています。現在、年間休日は105日ですが、初めての試みとして、連続で7日間の休暇を取得できる仕組みを来期から運用します。女性が結婚・出産しても戻って来ることができる会社、より活躍できる会社にしたいのです。多様な働き方ということでは、店長職など昇格だけではなく、パンをつくることが好きな職人のために、マイスター制度などの社内資格制度や評価制度も新たに準備していく予定です。
ベーカリー新業態へのチャレンジは、現在は郊外型路面店が中心ですが、今後は駅中・都心部も視野に入れていかなければなりません。郊外型路面店も、仙台商圏にまだ2、3店舗つくる余地があると考えています。2年前につくった洋菓子部門、カフェ部門はまだ一人前にはなっていませんが、いずれは無店舗販売や通販にも取り組んでいきたいと考えています。
パンセは地域のお客様に支えていただきながら、今年の7月で創業30年になります。まだまだ未熟で課題も山積していますが、課題があるということは、伸びしろもあるということです。今後もこれまで以上に基本に磨きをかけ、地域に笑顔を広げてまいります。これから40年、50年、100年とパンセを永続させるために社員全員が心を合わせ、精進していきたいと思います。
(2018年4月27日「札幌支部第33回定時総会」基調講演より 文責 事務局 神田文香)
■会社概要
設 立:1989年
資 本 金:3,000万円
従業員数:330名
事業内容:パンの製造・販売、パンの製造・販売に附帯する一切の業務