【わが人生わが経営９４】（株）十勝野フロマージュ会長　赤部紀夫さん（７８）

2019年01月15日

チーズを多くの人へ　手づくりで全国にファン

　手づくりのナチュラルチーズで全国にファンを増やしている「十勝野フロマージュ」。創業者の赤部紀夫さんにとって思いがけないきっかけで始めることになったナチュラルチーズへの追究が、第二の人生の道筋を付けました。

　赤部さんは１９４０年に函館市に生まれます。戦時中、５歳の時に強制疎開により親戚がいた浦幌町に移りました。両親を早くに亡くし１６歳で森永乳業十勝工場に就職。それから４０年余りにわたって粉乳や練乳の製造に携わりました。

　人生のターニングポイントは５４歳の時。町内の菓子店が閉店したため、浦幌町ならではのお土産を作ってほしいという町民の要望からプロジェクトが立ち上がったことから生まれます。会社では作ったことがなかった生タイプのチーズに挑戦することになり「新しいものをやってみたい」と開発担当者に手を挙げました。本場であるフランスに自費で５回も研修に行くなどして独学で研究を重ねチーズ作りに没頭するうちに、定年でチーズ作りをやめてしまうのが惜しくなりました。会社での乳製品は分業制で作られますが、この時は最初から最後まで自分が関われる面白さがありました。そこで一念発起し独立する道を選びます。当時は大量生産の熱加工したチーズが主流でしたが、「小さい工房で作る生タイプのカマンベールチーズは絶対伸びる」という確信がリスクのある決断を後押ししました。

　それから帯広市周辺で工房の場所探しに奔走し、中札内村に決めました。決め手になったのは昼食に訪れた村内のレストランで飲んだ水。水のおいしさに感動し、「やるならここだ。牛も水を飲む。いい水を飲めばいい乳を出すはずだ」と判断したのです。

　２０００年３月に十勝野フロマージュを設立。同１０月から工房を稼働させました。設立当初の従業員は赤部さんと妻、三男の３人。製造に手いっぱいで営業活動ができないのが課題でしたが、口コミで評判が広まり問屋やバイヤーを含め多くの人が集まるようになりました。また中札内村は高規格道路の帯広・広尾自動車道を使えば帯広市内から４０分圏内にあるほか、道の駅や六花の森など観光スポットの周辺にあり観光客が立ち寄りやすかったことも大きな成功要因でした。「いい乳、いい場所、いい人たちに恵まれた」と、村に感謝しています。

　１０年後には新しい店舗事務所や工場を建設。店舗では購入したもの店内で味わえるよう座席を設けました。現在ではチーズやバター、アイスクリーム、カマンベールチーズケーキを取り扱っています。「ＡＬＬＪＡＰＡＮナチュラルチーズコンテスト」ではブリーチーズで０５年に審査員特別賞、０７年に農林水産省生産局長賞、カマンベールチーズで１５年に白カビ部門優秀賞を受賞するなど数々の輝かしい実績を残しています。

　０６年には十勝管内の小規模なチーズ工房などで構成する十勝ナチュラルチーズ協議会を立ち上げ、初代代表に就任します。「いつまでもライバル同士で居続けるよりナチュラルチーズの発展のために協力し合おう」という思いからでした。協議会では、協会員間の情報共有や乳製品の普及に努めています。

　チーズの製造工程で生じるホエイ（乳清）の活用にも取り組んできました。きっかけは視察で訪れたフランスのチーズ工房。地下に豚小屋があり工房で発生したホエイを豚に与える仕組みになっていました。当時、中札内村にも養豚農家があったことから提供を始めてみると、下痢などの病気をしなくなったり毛づやが良くなったりと早いうちから効果が表れました。ホエイ豚と言えば今では肉質の良い高級食材として知られていますが、赤部さんの取り組みが先駆けだったのです。

　チーズの製造において社員に呼び掛けていたのは「ヨーロッパのまねだけでなくて日本人に合ったチーズをしっかり作る」ということ。この考えのもと、十勝産大豆で作った田楽みそを漬け込んだカマンベールチーズなど、ユニークな製品が生まれていきました。１３年には社長を長男の順哉氏に譲り、自身は会長に就任。ナチュラルチーズにこだわる姿勢は、今も会社全体に貫かれています。

　同友会には開業前から入会。会社設立当初は経営を学ぶため積極的にセミナーなどを受講しました。さらにとかち地サイダー研究会に参加し、１７年にはホエイを使った地サイダーを開発しました。ワイン研究会にも所属し「中札内村産のブドウを使ったワイン造りも挑戦してみたい」と夢を語ります。

せきべ・のりを　１９４０年８月７日、函館市生まれ。森永乳業十勝工場勤務を経て２０００年に独立。１３年９月から現職。

十勝野フロマージュ＝本社・中札内村。２０００年３月に創業。乳製品製造販売。資本金１０００万円。従業員２０人。