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【わが人生わが経営 158】(株)内山企画会社 会長 内山 滿博氏(75)(とかち支部)

2024年10月15日


              好きな事に真っ直ぐ
             十勝の自然に魅了されて


 「ただただ熱い思いで突き進んできたけれど、源泉はやっぱり家族だね」

 内山さんは1949(昭和24)年に芽室町で3人兄弟の長男として生まれました。当時はわらぶきの家が普通で、農業では馬が主戦力でした。5歳の時に帯広市に移り住み、父は会社勤めを始めたといいます。絵を描くことが大好きな子どもだった内山さん。何度も絵のコンクールに入賞したのが思い出だと語ります。担任の先生に昆虫採集を勧められたのは9歳の時。昆虫採集を通じて十勝の大自然に魅了されていきました。

 内山さんの将来の夢は探検家になることでした。雑誌の人生相談コーナーにはがきを送り、探検家になる方法を質問したところ、「今の日本に探検家の職業はない」という回答が返ってきたと笑います。その後、学者かジャーナリストになって探検する道があることを知ります。勉強は苦手でしたが、報道写真を学び、新聞記者を目指すことを中学3年生の時に決めました。

 帯広北高校に進み、山岳部に入部。夏も冬も休みの日は、ほとんど山に登っていました。登山道の整備された山が限られる中、探検気分で日高山脈の主立った山を踏破しました。父親が持っていたレンズシャッターカメラをこっそり持ち出して山を撮影しました。

 67(昭和42)年に東京写真専門学校(当時)報道写真学科に進学しました。「東京はとんでもなく人が多い場所。学生運動などの取材を経験した」と振り返ります。恩師や学友からは「帯広?聞いたことのない田舎に帰ってもカメラマンの仕事なんかない。東京に残れ!」と言われたといいます。それでも十勝の風土や人情を表現し、伝えたい気持ちは変わりません。卒業後は何の迷いもなく大好きな十勝に帰りました。

 69(昭和44)年に十勝日報(当時)の営業として入社し、2カ月後には編集局の記者になりました。転機が訪れたのは22歳の時。母が営む指圧治療院に飾られていた内山さんが撮影した蝶の写真が患者さんの目にとまったのです。母から「お前にどうしても会いたいという人がいる」と伝えられました。これが内山さんと東洋印刷(当時)の創業者2人との出会いでした。

 内山さんは創業者2人の熱意に応え、商業カメラマンに転身。専門学校時代の同級生にも協力してもらい何とか頑張ってきたと振り返ります。この時代に道内でカラー写真の現像ができるのは札幌市だけ、帯広市に届くまでは1週間かかる時代でした。「現像が終わるまで、白飛びや黒つぶれのない写真が撮れたかも分からずいつもびくびくしていた」と懐かしみます。

 71(昭和46)年には妻の富子さんと結婚。「妻の支えがあったからこそ、今の私がある」と感謝しています。

 91(平成3)年に内山企画会社を創業します。それまではニイイチ物流センターの事務局長も務めていましたが、多忙を極め、増えた自社の従業員の統率がとれなくなり、2002(平成14)年に退任し、自社の経営に専念することにしました。念願だった十勝の郷土文庫シリーズは1983(昭和58)年―2013(平成25)年に発刊し、16(平成28)年6月には総集編を世に送り出しました。「食うことよりも、好きなことをやりたい!」という熱い思いを持つ仲間と作り上げました。

 同友会には2009(平成21)年に入会しました。環境部会のメンバーと植樹や水質調査など地域活動に取り組んでいます。16(平成28)年の健康診断でスキルス性胃がんが見つかった時は死を覚悟したといいます。病院のベッドで会社などを次女の美華さんに譲ると決めました。手術が成功し、内山さんは今も元気いっぱいです。

 コロナ禍で仕事が激減した時、「社員と腹を割って話し、みんなで腹をくくった。だからこそ、会社は今も生き残れた」と語ります。

 仕事の合間を見つけては本を読んでいる内山さん。特に文化や歴史、自然がテーマの本が好きだといいます。著者がどんな文章の構成で、人の想いやぬくもりを言語化して伝えているかを参考にし、常に少しでも心に響く表現方法を模索しています。会社の本棚には、幅広いジャンルの本がずらりと並んでいます。

 内山さんは75歳になった今も一眼レフカメラで十勝の写真を撮り続けています。「人々にはたくさんの物語がある。昆虫や植物、キノコなど生きものと、家族にまつわる十勝風土記を1冊の本にまとめ、死ぬまでに自費出版することが目標」と微笑みます。


うちやま・みつひろ 1949年生まれ、芽室町出身。東京写真専門学校(当時)卒。2021年から現職。 
内山企画会社=本社・帯広市。91年創業、95年法人化。デザイン・印刷物・ホームページ制作・広告宣伝物など。