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【講演録】作家から見る根釧の魅力と可能性/作家 河﨑 秋子氏

2025年03月15日

 私は別海町で生まれ育ち、高校時代は帯広、大学時代は札幌で過ごしました。その後地元に戻り、実家の酪農業に従事する傍ら、小説の執筆を始めました。北海道、特に根釧地域は、作品を書く上でバリエーションに富んだ魅力溢れる舞台であると感じています。

 
◆根釧の魅力
 根室市方面は、江戸時代後期に幕府から役人が派遣されるなど歴史が古く、海岸沿いに集落ができ開拓が進みましたが、別海町は比較的内陸部にあるため開拓が遅かったとも言われています。

 私の実家が酪農を営んでいる由来は、戦後旧満州から引き揚げ大阪の親戚に身を寄せていた祖父が「これからの時代は北海道だ、農業だ」と言い、帯広畜産大学で息子4人に農業の勉強をさせ、それぞれ道東の地で農業を始めたのがきっかけでした。私の父は別海町で農業を始め、私は2代目です。


 戦後に入植した家系としては、北海道開拓の時代から続く明治の歴史と、昭和以降の比較的新しい歴史が混在している根釧地域は非常に趣深いと感じており、作家の目線からは、人間の悲喜こもごもが存在しているところに「おいしさ」があると思っています。


◆「飢え」が強みに
 子どもの頃は、両親が年中仕事のため、家族で旅行に出掛けたことがありませんでした。「なぜ、農家をやっているのか」と家業を恨めしく思ったこともありました。そして、本を読みたいと思っても新刊が手に入りにくい環境で育ったため、本に対する「飢え」のようなものを感じていました。欲しい情報を得られないことにジレンマのようなものを感じながら育ったのです。


 一方、札幌の大学に進学すると、読みたい本や見たい映画をすぐに読んだり、見たりすることができるようになったため、「飢え」から解放されたように読書や映画鑑賞に没頭しました。逆説的な表現にはなりますが、幼少時代の「飢え」が、今では自身の強みとして捉えられるようになりました。


◆フィクション作品の醍醐味
 道東地域で書き続ける理由は、自然に恵まれているからです。作家は創造しながら一つの作品を作り上げる、非常に集中力が試される仕事です。そうした意味でも、時々気晴らしをしながら、発想力を高めて作品に生かせることができる環境は大切です。また海産物や農産物など食事が美味しいことも魅力であり、作家にとっては健康であることも重要な要素です。


 私の作品には、フィクションの色合いが強いものが多くあります。直木賞を受賞した小説の「ともぐい」についても、実際に熊と戦ったことは無いのですが、作品を通して読み手がそれぞれに感じたことを受け止めてもらえれば良いと思っています。それこそが、フィクション作品を書く醍醐味です。


 これからも向上心を忘れずに、魅力の詰まったこの道東地域で作品を書き続けていきたいと思っています。(1月29日、くしろ支部新春講演会)

かわさき・あきこ=1979年北海道別海町出身。大学卒業後、別海町の実家で酪農業に従事する傍ら、小説の執筆を始める。数々の賞を受賞後、2024年に小説「ともぐい」で第170回直木賞を受賞。