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【わが人生わが経営 137】旧北原電牧(株) 元代表取締役 北原 慎一郎氏(72)(札幌支部)

2022年11月15日

 

M&Aで未来を託す

事業承継を支援する側に

 

 「M&Aは会社を売るというイメージが強いかもしれないが、経営者には人生をかけて追いかけてきたものがあり、それを残したいと考えている。私の場合は自動給餌器の技術だった」

 

 北原さんは、1950(昭和25)年由仁町で3人弟妹の長男として生まれます。北大工学部でコンピューターを専攻し、卒業後は大学院に進学が決まっており、コンピューターの技術者になるつもりでした。ところが72(昭和47)年、父鉱介氏が逝去、56歳でした。北原さんは、鉱介氏が営んでいた北原電牧の社長に22歳で就任します。

 

 「誰一人として私に、社長をやれるか?なんて聞いた人はいなかった。このままでは、30数人の社員が路頭に迷う。暗黙の了解として、私を御輿に乗せ下から支えこの危機を乗り越えるしかない、とみんなが思っていた」

 

 北原電牧は電牧器の製造・販売を行う会社で、電牧とは放牧地に柵を立てその柵に張った電線に特殊な電気を流し、電気ショックで牛が逃げるのを防ぐ仕組みです。放牧地が狭い時は電牧器が有効ですが、広くなると草が伸び電線に触れて漏電し、電牧器の効力がなくなってしまいます。放牧地の拡大とともに主力商品は電気を流さないスチール牧柵に変化。さらにこの技術は、鳥獣害対策の鹿柵・猪柵・猿柵へと引き継がれます。

 

 一方、牛を細かく管理するため、給餌は放牧から牛舎で行うようになり、それに対応して北原電牧は「自動給餌器」を開発します。設定時刻になると、牛舎の中を回りながら各牛に必要な量の餌を自動で給餌してくれる無人システムです。いくつもの賞を受賞し酪農家にも好評でしたが、それでも年間30台の販売が限界でした。

 

 当時について「農機メーカーとしての歴史の浅さを痛感した」と語る北原さん。北原電牧は1個の製品を作る技術は高かったが、量産するためのノウハウは10年やそこらでは培われなかったと振り返ります。このことがM&Aを後押ししたといいます。

 

 そして、2011(平成23)年にM&Aで会社を譲り、社長を退任します。事業承継として、子どもへの承継、役員への承継、M&Aと3つの選択肢がある中、北原さんは「M&A」を選びました。自分の経験から、2人の息子には自分で自分の人生を選ばせたいと思っていました。また、1個人が株を買い取るには会社が大きくなりすぎたため、役員への承継は諦めざるを得ませんでした。

 

 その後、北原さんは12(平成24)年に北大公共政策大学院に入学し、13(平成25)年には中小企業診断士の資格を取得します。これには理由がありました。

 

 M&Aでは大企業同士の場合、双方に代理人を立てて話し合いを行い、中小企業の場合はマッチングが基本で、真ん中に仲介業者を置いて話を進めます。北原電牧のM&Aを担当した仲介業者が公平中立な立場で支援してくれなかったと感じ、北原さんは「公平中立な立場から支援してもらえれば、M&Aはもっと良い仕組みになる。自分がM&Aなどの事業承継支援をやりたい」と強く思うようになりました。112時間の猛勉強の末、中小企業診断士の資格を取得しました。

 

 そして、13(平成25)年10月には北原中小企業診断士事務所を立ち上げます。15(平成27)年からは北海道事業承継引継ぎ支援センターで、事業承継の助言を行ってきました。しかし、18(平成30)年3月にがんに転移が見つかり、治療に専念することに。3年間で72回の講演を行い、参加者は延べ3861名。233社の相談を受け、11社についてはM&A成約まで支援しました。

 

 自分が一生懸命大事にしてきた理念やノウハウ、歴史、ネットワーク、信頼などを自分の代で終わらせるのではなく、若くてアグレッシブな経営者に託す、それがM&Aだと語ります。新しいオーナーが、新しいノウハウや考え方、センスで新しい可能性を見出す。それによって会社に新しいエネルギーが注ぎ込まれるのです。

 

 同友会には北原電牧代表取締役として、先代を引き継ぐ形で1972(昭和47)年に入会。北海道同友会理事、札幌支部副支部長、産学官連携研究会HoPE副代表世話人などを歴任しました。東地区会長(200507年度)時代には100人例会を開催。当時の達成感は今も忘れられず、印象に残っていると話します。

 

 その後、北原中小企業診断士事務所所長として2015(平成27)年に再入会しました。現在、北海道同友会事業承継支援相談窓口「つなげる」専門家相談員として活躍中。

 

きたはら・しんいちろう 1950年生まれ、由仁町出身。北海道大学工学部卒業。

北原電牧=(2011年M&A当時)本社・札幌市。1953年設立。酪農用資材、鳥獣害対策資材、自動給餌器の製造販売。資本金6000万円。売上17億円。従業員45名。