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【わが人生わが経営 129】(有)丸美真光堂 代表取締役 長嶋 元良さん(85)(函館支部)

2022年03月15日

 

職人の雇用体制構築 安心して働ける環境実現

 

 函館市内で屋外広告や看板、イベントの装飾などを手掛ける丸美真光堂。2代目社長の長嶋元良さんは、85歳になった今も経営の最前線に立ち、まちづくりへの意欲を燃やし続けています。

 


 

 長嶋さんは同社の創業後間もない1936(昭和11)年、函館で生まれました。創業者で父の吉貫(よしぬき)さんは自らも看板職人でした。かつての函館市内には多数の映画館があり、魅力的な看板を多数手掛けて映画文化を支えていました。

 

 徒弟制度が色濃く残る中で育った長嶋さんは「住み込みの職人もたくさんいました」と当時を振り返ります。戦時中には七飯町峠下に疎開。空襲を受ける函館の様子を山の上から見たこともあったといいます。

 

 55(昭和30)年に函館西高校を卒業後、数年間は他都市で働きましたが、吉貫さんからの求めもあって函館に帰郷。入社してからは専務取締役に就き、会社経営に携わるようになりました。

 

 「徒弟制度は長くは続かない」とかねてから考えていた長嶋さん。当時、職人には住む場所と食事を与えるだけで、給料という概念がありませんでした。稼げるようになるのは「年季を終えてから」。つまり、修行を終えて独立してからという流れが主流でした。

 

 そうした中、市内の熟練の大工が病気になって満足に働けなくなるという出来事を知ります。「働けなくなったら誰が生活を保障してくれるのか」と長嶋さんは思いを強くしました。そこで、職人を雇用する体制を整えるとともに、市内の同業者の中ではいち早く社会保険にも加入。職人が安心して働ける環境の実現に努めました。

 

 折しも、世間ではテレビが普及し始め、映画館は数を減らしていきます。映画看板の仕事が下火となる一方、長嶋さんは社会保険加入などの実績があったことで、大手ゼネコンからの仕事も直接受注できるようになり、生き残りを果たしました。

 

 その後は、多様な仕事を手掛けていきます。主なものでは、函館新道の入り口にある「ようこそ函館」というランドマークや函館空港のサイン、商業施設や病院の看板など、市民や観光客になじみ深いものばかりです。函館の夏の名物、港まつりのパレードで使う山車も数多く受注しています。

 

 施工時には、手順を簡素化してコストを抑えることを意識しています。飲食店や複合施設のやぐら型のサインは、パーツを分割して製作して現地に運び、仮設足場を使わずにクレーンで積み上げて組み立てるだけにしました。山車も顧客の予算をよく聞きとり、その範囲内で材料や組み立て方を工夫。大きさや照明の明るさ、動きにもこだわり、効果的に見える作品を提供しています。

 

 経営面では、パソコンなどのデジタル技術がまだなかった時代に、見積書などの仕分けルールを考案し実践。Aは官公庁や第三セクター、Bは建築業や設計業、Cは広告代理店、Dは大型店などの流通業、Eは一般の看板、Fが医療法人や学校法人、Gがイベント関連と振り分けます。膨大な数の見積書を探す手間を省くとともに、仕事の流れや要点を把握。売上げの分析にも役立て、特定の分野の売り上げ比率が10%を超えないよう心掛けました。

 

 「どれかに頼り切りになると、その業種が破綻した時に大きなダメージを受ける」と長嶋さん。映画館の減少を背景とした看板業の不振や、市内造船大手の経営破綻による地域経済への影響を間近に見てきた経験を、経営に生かしています。

 

 会社は来年には創業90周年を迎えます。長嶋さんは企業の成長を人の一生に例えます。「青年期はどんどん業績を伸ばす時期で壮年期は信用を得る時期。当社は老年期で衰退する時期にさしかかりましたが、社員が居続けてくれて感謝しています」

 

 最近は会社の存続に向けて「公私混合経営マニュアル」(海生裕明著、日本経営合理化協会出版局刊)を参考に経営に取り組んでいます。会社と社長の財産を一体的に捉えることの重要性を説く書籍で、「社長と会社は運命共同体。会社と顧客を守るため努力を続ける」と先を見据えます。

 


 

 同友会には、75(昭和50)年に入会。当時の函館支部は会員が15名程度とまだ小規模で、「昔の事務局で座布団に座り、膝をつき合わせながら勉強しました」と振り返ります。会員勧誘に向けて仲間と常々交わしていた「金は貸さぬが知恵を貸す!」という合い言葉を今も大切にしています。

 

 ながしま・もとよし 1936年4月4日、函館市生まれ。函館西高校卒業後、63年に入社。88年から現職。

 丸美真光堂=本社・函館市。1933年創業、69年設立。看板、ネオンサイン、屋外広告などの施工。