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【1世紀企業 65】宮田自動車商会(札幌市)

1960年当時。入口に初代社長(右)と2代目社長の姿がある

 

本業貫き時代乗り越える 精神訓を実践した経営

 

 札幌市で自動車部品を販売している宮田自動車商会は今年5月、創業100周年を迎えました。

 

宮田精神訓

 4代目社長の宮田祐市氏は「当社がここまで続いたのは1960年代から掲げている『宮田精神訓』という指針のおかげです。奉仕の精神、教養の涵養、他人を羨むな、愛情、感謝の念の五つを経営陣はいつも戒めてきました」と語ります。

 

 宮田自動車商会の原点は明治初期まで遡ります。祐市氏の曽祖父の藤太郎氏は1883(明治16)年、青森県の弘前から札幌に転居して警察官の仕事を得ました。退職後には馬車で運送の仕事を始めます。

 

 藤太郎氏の息子の信氏が1921(大正10)年に自動車整備と部品販売業を現在の札幌市中央区北4条西2丁目で創業しました。当時の札幌の人口は12万人。車より馬車の方が多い時代です。その後54(昭和29)年に宮田自動車商会を設立し、信氏が社長に就きます。

 

 スポーツにも力を入れ、58(昭和33)年にバスケットボールチームを結成。今では実業団の強豪チームとして有名です。初代社長の信氏の死去により66(昭和41)年に息子の泰氏が2代目社長に就任し業容をさらに拡大します。

 

 宮田自動車商会は北海道同友会とも深いつながりがあります。北海道同友会は69(昭和44)11月に設立しましたが、二代目社長の泰氏は30数名の同友会設立メンバーの一人として名を連ねました。

 

オイルショックを乗り越えて

 73(昭和48)年のオイルショックを契機に日本の景気は冷え込みますが、宮田自動車商会は逆に売り上げを伸ばしました。

 

 祐市氏は振り返ります。「当時は物不足になりましたが、販売先と同等に仕入先を大切にしていたので、当社に優先的に部品を供給してくれた上、仕入れてもすぐに売れたそうです。営業所を次々に設置したこともあり、売り上げが急速に伸びました。80年代後半のバブル景気の時も当社は不動産投資をしないで本業を貫きました。『宮田精神訓』に照らしながら経営判断をしてきたからこそ100年生き残ったのかもしれません」。

 

与信管理の徹底

 2001(平成13)年に正昭氏(現顧問)が3代目社長に就き、11(平成23)年に祐市氏が37歳で四代目社長に就任しました。同社は独立系の整備会社を中心に1500社の販売先を持ちます。「販売先の与信管理を徹底しています。整備会社が対応できない整備をするテクニカルセンターを15(平成27)年に設置し、整備会社からの仕事も受注しています。現在は年商60億円、社員数130名。当社に勤めてよかったと思われる会社をつくりたい」と語っています。