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【1世紀企業 62】山城屋生花店(小樽市)

需要に応じ生花事業拡大 難局乗り切り飛躍を期す

 

 山城屋生花店は、1920(大正9)年に創業し、昨年100年を迎えました。

 

 初代の山城榮作氏は、富山県井波町(現・南砺市)に生まれ、1902(明治35)年に20代半ばで小樽へ入植します。

 

 当時、小樽は人口が6万人を超え函館に次ぐ道内第二の都市。花園地区には夜通し営業する映画館もあり、港湾労働者を始め仕事帰りの人々で賑わい、不夜城と呼ばれる程の活況を呈していました。

 

 榮作氏は植木職人として修業を重ねましたが、冬になると仕事がなく収入が途絶えます。榮作氏は、より安定した収入を求めて20(大正9)年頃から新事業に着手しました。裸電球をともしたリアカーの屋台を引き、花園公園通りの夜店で、市内山の手の農家から仕入れた花を売り始めたのです。冬には本州から菊等を仕入れて販売し、年間を通じて商売を軌道に乗せました。当初は植木の仕事と兼業でしたが、徐々に軸足を移し生花小売が本業となりました。

 

 榮作氏の長男で2代目の繁雄氏は、同じく夜店で花屋を営む三浦澄子氏と結ばれ、売り上げを伸ばして会社の基盤を固めました。53(昭和28)年には法人化。その後、屋台をたたみ現在も営業する花園4丁目へ移り店を構えます。繁雄氏は丁寧な対面販売を重視しました。この経営方針は今も受け継がれています。

 

 60(昭和35)年には、繁雄氏の長男重信氏が大学卒業と同時にUターン入社。82(昭和57)年に3代目を承継した重信氏は、婚礼需要に着目。地元資本の式場の仕事を一手に受けて事業を拡大し、小樽市内で3店舗を展開しました。

 

昭和42年ごろ店舗前にて

 

 重信氏の長男で4代目の栄太郎氏は、95(平成7)年をピークに売り上げが減少する中、10年間勤めた企業を退職して2001(平成13)年に入社。10(平成22)年に代表へ就任しました。その間、経営環境は一層厳しさを増しています。人口減少と大手企業参入、度重なる自然災害に加え、昨年からは葬儀簡素化の影響で生花需要が減少。最盛期に小樽周辺で40社あった同業者は、現在20社を下回っています。

 

 しかし栄太郎氏は、逆風に耐え経営努力を重ねています。19(令和元)年には、財務体質を強化するため3店舗から2店舗体制への移行を決断。創業時からの地域密着の経営戦略も功を奏し、コロナ禍の影響を最小限に食い止めています。更に昨年9月には、かねてから構想していた店舗外観の改装に踏み切り、内観と商品構成も見直しました。

 

 「時代の転換期こそ経営者の力量が問われる。コロナ禍を乗り切り、収束後に飛躍したい」と栄太郎氏は語ります。「100年間商売を続けて来られたのは、地域の皆さまのおかげ」と感謝の気持ちを持ち、難局を乗り切る覚悟です。