【わが人生わが経営 115】戸井敏夫税理士事務所　所長　戸井敏夫さん（77）（札幌支部）

2020年11月15日

相談受ける土壌作り　中長期視点で経営計画を

　近年、税理士を目指す若者が減少傾向にあると言います。昨年税理士登録50年を迎えた戸井さんは、「担当し始めは小規模だった企業が、大きな企業へと成長した姿を見られることは喜ばしいです。ですが、一番のやりがいは顧客から感謝されることに尽きます」と税理士の魅力を説きます。

　戸井さんは1943（昭和18）年、小樽市に生まれます。父の正三氏は会計士・税理士の前身である〝計理士〟を営み、戸井さんが物心ついた時には小樽の自宅一部を事務所として働く父の姿がありました。後に、正三氏は52（昭和27）年に税理士制度が創設してすぐに登録手続きを行いました。北海道では片手で数えられるほどに早い登録順位だったそうです。

　戸井さん自身は小中高を地元で過ごした後、明治大学政治経済学部に入学。2人の兄が父の事務所を継ぐことになっていたので、将来は一般企業に就職を考えていましたが、父から卒業後は事務所に入るように言われ、66（昭和41）年に帰郷します。

　事務所では手書きで伝票、帳簿作成に励みますが、所長の父と兄2人、自身も含めて家族4人がそろっている環境は居心地が悪く、2年後には希望して札幌市豊平区の札幌事務所に転勤します。札幌では4畳半一間の下宿生活でしたが、当時は長時間労働、安月給の時代。休日に遊ぶ余裕もなく、事務所と下宿を往復するだけの日々でしたが、かえってその環境が税理士試験勉強への熱意に向かい、翌69（昭和44）年に合格します。

　72（昭和47）年に正三氏が死去したことを受け、小樽の事務所は兄が引き継ぎ、自身は札幌で戸井敏夫税理士事務所を開設。父が築いてくれた顧客との関係もあって経営は順調に進みましたが、落胆する経験もありました。ある顧客先を職員が訪問するとシャッターが閉まっていて、そこには弁護士名義で倒産を知らせる紙が張ってありました。戸井さんが所長に就任する以前に担当していた企業であったため、「一言も相談がなかったことにはがっかりしましたが、どんな悩みも相談してもらえる信頼関係を築けていなかった」と反省します。

　その後は、〝現場に行って相談を受ける土壌を自ら作る〟ことを徹底し、より一層顧客と直接会う姿勢を重視して道内各地を回りました。職員に対しても、「こちらから遠慮せずに聞くことは聞く。聞かなかったことで双方が大事なことを伝えられず、後に大変な結果になることを防ぐことができる」と繰り返し伝えていました。

　74（昭和49）年には、事務所経営の転機を迎えました。税理士・会計士で組織するＴＫＣ全国会に入会し、電算機の導入で手書き記帳からの脱却を図ります。電算化によって月次処理や申告書作成など、業務の一層の効率化を図ることができました。

　戸井さんが税理士となった昭和40年代半ばは、税務署出身の税理士が多くを占めていました。戸井さんのように民間試験出身者は少なく、税理士会の総会に出席しても税務署出身の年長者がほとんどで、知り合いもおらずただ黙って座っている状況でした。そのような時、同じく民間出身の池脇昭二氏（池脇会計事務所会長）が声を掛けてくれたことで意気投合。75（昭和50）年には民間出身税理士計11人による「税理士昭和会」を発足し、40年以上たった今も年数回の勉強会や旅行会などの交流は続いています。

　事務所の主力業務は、法人や個人の月次監査・処理・決算申告ですが、近年は相続税申告や事業承継に関する相談が増加。2013（平成25）年の税制改正による、相続税基礎控除の大幅な引き下げが要因とみています。戸井さん自身も、16（平成28）年に税理士資格を取得した長男・健太郎氏（現在副所長）とともに、将来的な事業承継に向けて準備をしています。

　一方、目下の心配事は新型コロナウイルスに伴う企業への深刻な影響で、オイルショックやバブル崩壊、リーマンショック以上ではないかと捉えています。税理士の立場から、「会社の資産、負債や人材などの現状をしっかりと把握し、中長期的な視点でコロナ禍における経営計画を立て、具体的な策を描いてほしい」と激励します。

　同友会には、趣味の囲碁をきっかけに知人から誘われ、97（平成9）年に入会しました。札幌支部では豊平・清田地区会の「豊平21世紀の会」、50歳以上が対象の「無二の会」に参加。会員同士が本音で語り合い、出席するたびに仲間から多くの刺激を受けると言います。