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【1世紀企業 48】福司酒造(釧路市)

昭和初期の同社

水と季候が育む良質な酒 時代が求めるもの敏感に

 

 釧路管内唯一の酒蔵として、地域に根差した酒を造る福司酒造。4月に100周年を迎えます。日本酒業界の斜陽化が進む中、「選ばれる酒」を目指して挑戦を続けています。

 

 同社は、1919(大正8)年に梁瀬長太郎氏が起こした敷島商会が始まり。酒や清涼飲料、食品の卸売りで、新潟県長岡の酒蔵が造る「福司」も扱っていました。その蔵元から「釧路は水がおいしく、冷涼な季候は酒造りに向いている。造ってみてはどうか」と勧められます。当時の釧路は漁業で活況を呈し、造り酒屋も複数ありました。そうした状況も踏まえて23(大正12)年、福司の銘柄を譲り受け、酒造りを始めます。

 

 37(昭和12)年の全国清酒品評会で最高優等賞を獲得するなど、着実に進展。また、太平洋戦争中は食料難から休業を余儀なくされる酒蔵が多かった一方、同社は醸造を続けることができました。全国的にも珍しいといいます。

 

 57(昭和32)年にオートメーション化した工場を整備し、戦後の大量消費に対応。71(昭和46)年には加熱処理をしない生酒を道内で初めて販売しました。生酒は流通の難しさや独特の香りがあることから、当時、商品化する蔵はほとんどありませんでした。ヒット商品となり、現在も人気を博しています。

 

 しかし、日本酒の国内出荷量はビールなどとの競合で昭和40年代をピークに下降線をたどります。90(平成2)年に3代目のたすきを受けた梁瀬誠也氏、2003(平成15)年に就任した現社長の之弘氏は、時代のすう勢に、純米吟醸酒をはじめとする高品質の商品や、個性を打ち出すことで立ち向かってきました。10年ほど前からは、地場のものを生かした酒造りに力を入れています。

 

 釧路コールマインの海底炭鉱内で貯蔵した「海底力」(そこぢから)は、紫外線が当たらず、温度が一定に保たれている坑道に置くことでまろやかな味わいに。ハマナスから採取した酵母を使用する「花華」(はなはな)は酵母の抽出技術の確立や、米、水と全てを道産品でまかなう挑戦でもあります。

 

 之弘氏は、100年の歩みを「地域の人に、地域の酒として親しんでもらえた結果」と感謝します。変化が早く、10年先を見通すことも困難な現代。「時代が求めるものを敏感に感じ取り、新しいことに進んで挑戦する姿勢」で、新たな歴史を紡ごうとしています。